新年あけてひと月の如月。町に迎えに来た官吏に連れられて内裏に来た千早は、前を行く蔵人に遅れまいと、広い内裏の廊下を歩いていた。左近の桜が咲くにはまだひと月ほど早く、固いつぼみを内包した枝ぶりが寒々とした様子だ。

此度、即位された凰鱗帝は、その不思議な力で未来を見るという。千早は桜の寒々しい様子以上に身震いした。

(帝が私なんかをわざわざお召しになるなんて、一体どういうおつもりだろう)

千早は一介の平民だ。凰鱗帝の見た未来視によって、これから一体何の罪を問われるのだろうか、と恐怖しながら紫宸殿に連れてこられた千早は、御座に対してぬかづいた。御顔を隠すように降ろされた御簾の向こうから、千早に対して良く響く声が掛かる。

「おぬしが、『夢接ぎ』と呼び声高い千早か」

歌うように問うた帝に対して、千早は一層頭を下げた。しんしんと冷える空気に、良い畳のにおいが香る。

「はい。いかにも、夢を接ぐことはそれがしの生業でございます」

『夢接ぎ』とは、言葉通り、夢を接ぐ仕事である。主に夢を見た筈なのに覚えていない人の為に、その人の無意識下に潜り込み、見た筈の夢の欠片を接ぎ合わせて、もう一度夢を見させるという仕事だ。夢を扱うという特性上、夢解きのようなこともしてはいたが、そっちはそっちでちゃんとした職業として市井で成り立っている為、千早が夢解きをした回数は少ない。したとしても、もっぱらさっきみたいに貧しい人に対しての夢解きだった。だから、生業と言える仕事は夢接ぎだけ。その生業が、法律違反だったりしたのだろうか。

首を落とされる未来が見えて、ぞっとする。身を震わせた千早をどう思ったのか、凰鱗帝は声に労わりを載せて言葉を発した。

「おぬし、新年の初夢は見たか?」

帝の言葉は千早の懸念を一切載せていなかった。それどころか、緊張している千早に対して世間話だろうかという内容だ。

「は……、初夢、でございますか? 確か、茄子の汁を食う夢を見ましてございます……」

「ほう、良い夢だな。ところがだ」

帝が不意に、声を潜める。何事を言われるのかと身構えていると、御簾の下からちょいちょいと手招きをされる。千早が困惑してその場に座ったまま動けないでいると、「なにをしている。近くに寄れ」と怒られてしまった。命令なら致し方ない。平伏したまま膝で御座ににじり寄ると、目の前に参じた千早に対して帝は思わぬことを告げた。

「新年が明けて以来、後宮の女御たちが夢を見れなくなったというのだ」

ひそやかな声に、千早は喉を鳴らした。

「ゆ、夢は、ご覧になっても、覚えてない場合がございますが……」

恐る恐る問う千早に、そのようなことがひと月も続くか? と凰鱗帝は言った。

「一年の吉兆を占う初夢だけでなく、その後も夢が見れぬと泣いている。おぬしも夢に係わる仕事をしているのなら、夢が見れぬことの重要性を理解しているだろう?」

確かにそうだ。日々見る夢の吉兆を陰陽寮の人たちに占ってもらい、夢見悪しと出れば、物忌みとして住まいから出ないのが殿上人たちの行いだ。ましてやゆくゆくの後(のち)、帝のご寵愛を受ける筈の後宮に控える女御たちならば、自分の行動を決められないということの不安さは、想像に難くない。

「は、はい……。軽率な発言でした……」

「いや、分かってくれたのであれば、良い。そこで『夢接ぎ』とかいう珍妙な技を持つおぬしを呼んだのだ。夢が見れなくなってからというもの、女御たちの不安は増すばかり。おぬし、女御たちの不安を解(と)いてやってはくれまいか」

成程、見たのに覚えていなかった夢を、接ぎ合わせて見せてやってくれ、という事か。それならば、帝がわざわざ市井から千早を探し出して召し上げた理由が分かる。凰鱗帝はおやさしいのだな、と思い、千早は深くこうべを垂れた。

「は。必ずや、女御さまたちの夢を紡いでみせます」

「その言葉、偽りないか」

凰鱗帝は、口の端(は)に笑みを浮かべて御簾越しに千早を見やった。千早は帝の問いに、はい必ずです、と、額を畳にこすりつけて答えるよりほかない。しかし帝は、なおも千早を問い質した。

「本気を示すなら、それ相応の態度があるだろう」

態度……、とは。

帝が何を言いたいのか分からず、千早が固まっていると、凰鱗帝はあろうことか千早の手首を握ると、ぐいっと御簾の中に引き寄せた。

「……っ!」

高貴な人は顔を晒さないことが美徳なのではなかったのか? そんな疑問も吹き飛ぶほどに、目の前に晒された凰鱗帝のご尊顔は美しかった。切れ長で涼しげな瞳、筆ではいたような眉、すっと通った鼻梁。怜悧な印象に見えるそれらに加えて、一見やさしく見える筈の、月の弧を描いている薄い唇もやはり、正反対の印象を与える。鋭い眼光に晒され、千早は怖気づいた。

「本気を語る時は、相手の目を見て物を言うことだ。千早とやら」

じっと千早の目を見つめてくる凰鱗帝に、そうまで言われて引けるはずもなく、千早は凰鱗帝の目を見返すと、腹に力を入れてもう一度答えた。

「必ずや、女御さまたちの夢を紡いでみせます」

「はは。それで良い。期待しているぞ」

力を籠めた顔が説得力を持ったのか、帝は高らかに笑った。ぱっと無造作に離された手首に、痛いほど脈が打っている。きっと、高貴な方を間近で見たからだ。