「いや、遠慮しておく」

 僕は一方的に気まずさを感じて、二階に上がる。

 さすがに電気をつけなければ不便で、部屋の明かりをつける。

 散らかり放題な部屋がしっかりと目に映るが、そんなものはどうでもよく、僕はクローゼットに手を伸ばした。

 中には服の代わりに入れた、僕の大切なものたちが並べられている。

 じいちゃんから譲り受けたカメラに、僕が撮ってきた写真のアルバムや、データが詰まったノートパソコン。

 どれも大切だけど、一番はやっぱり、じいちゃんのカメラだ。

 僕がカメラに興味を持ったのは、じいちゃんがきっかけだった。

 じいちゃんはよく、僕たち家族を写真に収めていた。

 家族旅行で綺麗な景色を見ても、じいちゃんはそれを写真には撮らなかった。

 ばあちゃんも母さんも景色を撮っている中で、そんな二人にカメラを向けるじいちゃんを、昔の僕には変な人に見えた。

『どうしてじいちゃんは、景色は撮らないの?』
『これからも遺る景色には、興味ないからね。それよりも、変化していく大切な人たちの表情を写したい』

 幼い僕には、言葉の内容は難しかったけど、ばあちゃんたちを優しい目で見つめるじいちゃんの横顔が印象的で、今でも覚えている。

 そして、その質問をきっかけに、じいちゃんは僕が写真に興味を持ったと思ったのか、カメラを触らせてくれるようになった。

 それでもやっぱり、綺麗な景色を撮ることのほうが、僕には魅力的に感じていた。

 じいちゃんの言っていたことを理解したのは、三年前にじいちゃんが死んだときだ。

『お父さんの写真、全然ないね』
『どれもこれもムスッとしちゃって……選ぶのが難しいわ』

 遺影を探しながら、母さんとばあちゃんがボヤいていた。

 僕はじいちゃんの優しい顔を知っているからこそ、もどかしかった。

『人との思い出は記憶にしか残らない。でも、人は忘れる生き物だ。だから、記録を残すんだ』

 僕は、じいちゃんの写真を撮っていなかった後悔と、もうじいちゃんに会えない悲しさで、しばらく泣くのを止められなかった。

 それをきっかけに、ばあちゃんに頼んで、じいちゃんのカメラを譲ってもらい、僕はじいちゃんが残そうとしていたものを写すようになった。

 僕が出会ってきた人たちの喜怒哀楽を写真に収めていくのは、思い出を形にしているような気がして、楽しかった。

 その中でも笑顔が特段好きだったけど、もう、僕に自然な笑顔を向けてくれる人はいないだろう。

 僕は笑顔が好きで。みんなと笑えるように過ごしていくうちに、みんな、僕に自然な表情を見せてくれて。それを写真に残すと、僕の写真でまた、みんなが笑顔になる。

 その幸せな日常のサイクルは、半年前に壊れた。

 僕の写真のせいで、僕とハル兄は気まずくなってしまったのだ。

 カメラに手を伸ばすと、ハル兄の苦しそうな顔が脳裏によぎる。

 だから僕は、カメラに触れられなかった。

 今も、指先が震えている。

 もうしばらくは、写真とハル兄とは距離を置いたほうがよさそうだ。

 そんなことを思いながら、僕はクローゼットの扉を閉めた。