僕は一人でゆっくりと、昇降口に向かった。

 部活動に勤しむみんなの声を聞きながら、上履きからシューズに履き替える。

 去年はその輪に混ざっていただけに、疎外感を酷く感じてしまう。

 心のかさぶたが、少しだけ刺激される。

 この痛みにはもうしばらく、慣れそうにない。

 気を抜けば闇に引きずり込まれそうな気がして、不甲斐ないことに、僕は足早にその場から離れた。

 みんなの声が届かなくなってから、やっと息ができた気がした。

 ふと足を止めて、振り返る。

 何人もの生徒の喜びと悲しみを見守ってきた校舎は、僕を見下ろしている。

 僕の中にだって楽しい記憶はあるはずなのに、思い出が溢れる学校は、すっかり忘れてしまったように思えた。

 腹の奥から込み上げてくる寂しさに蓋をして、僕は帰路に着く。

『先輩、新しい写真、見せてください』

 無心で足を進めていたつもりなのに、古賀のさっきの言葉を思い出した。

 古賀は出会ったときから、僕がどれだけ断っても、諦めなかった。

『夏川先輩、どうして写真部にいないんですか』

 初対面で、彼女は僕に詰め寄ってきた。机に手をついて、僕に顔を近付けて。

 彼女の頬は綺麗に膨らむ。

『私、先輩の写真が見たくて、この高校に来たのに』
『僕の?』

 こう返したのが、間違いだった。

 そこから、古賀のプレゼンが始まってしまったのだ。

 あのときの輝く目は、しばらく忘れられそうにない。

 まさに、あの青空に浮かぶ太陽のように、眩しかった瞳。

「久しぶりに、撮りたいって思ったんだよなあ……」

 空を見上げて、僕はこぼした。

 自分の発言に、慌てて右手で口を塞ぐ。

 そのままあたりを見渡して、誰にも聞かれていなかったことに安堵する。

「……なにやってんだろ、僕」

 また余計なことを考えてしまわないように、イヤホンで耳を塞ぐ。

 お気に入りの音楽を流して、足を進めた。



 家の鍵は開いていたのに、リビングには人気(ひとけ)がない。

 不用心だなと思いながら、いるはずの母さんの姿を探す。

「栄治、おかえり」

 母さんは二階のベランダに干していた洗濯物を取り入れていたらしい。

「ただいま。手伝おうか?」
「手を洗って、着替えたらお願いしてもいい? 今日、少し凝ったもの作っちゃって」

 母さんはリビングのソファに洗濯物を置きながら言う。

 僕は「わかった」と短く応えると、洗面所で手を洗ってから、階段を登って、自分の部屋に入った。