柚木先輩は笑い流して、前を向いて歩く。
「俺は許さないけどな」
後ろから恐ろしい声が聞こえる。
「だから、あれは僕がお願いして飾ってもらったんじゃないんだって」
夏川先輩が言うと、遥哉先輩も柚木先輩と同じように穏やかに笑う。
夏川先輩は二人のイタズラに困ったように笑うけど、私はますます話が見えなくて、聞きたくなる。
でも私が触れてもいい話題なのかわからなくて、ただ夏川先輩たちのやり取りを見ることしかできなかった。
すると、夏川先輩は私の視線に気付いてしまった。
目が合ってからすぐに逸らしたものの、きっと意味がない。
「去年の文化祭の、花奈さんの写真、覚えてる?」
あんなにも強烈に一目惚れをしたのだから、忘れるはずがない。
ただ、どうしてそんな確認をしてくるのかわからなくて、ぎこちなく頷いた。
「あれ、ハル兄が後輩に告白されてるところを見つけた花奈さんなんだ」
一気に腑に落ちた。
どうして一枚目が不安そうな横顔だったのか。さっきの柚木先輩のセリフもそう。
恋人が告白されていて、不安にならないほうが無理な話だろう。
そして、その瞬間を写真に取られるのも、いい気がしないはず。
「あの写真は、ハル兄に見せて終わりだったはずなんだけど、矢崎先生……写真部の顧問に見られちゃって。いい写真だから飾ろうって言われて、断れなかったんだ」
掲示しようと提案してくれた矢崎先生には感謝したくなるところだけど、この流れからしてきっと、飾らないほうがよかった写真なのだろう。
「それで花奈さんに許可を取ったらいいって言われて、掲示することになった。あれが、人前に初めて出した花奈さんの写真なんだ」
「初めて?」
夏川先輩なら、何枚も柚木先輩の写真を撮っていそうだったから、それは意外だった。
夏川先輩は後ろと前に視線を動かしたあと、若干私との距離を縮めてきた。
その距離感に、変に緊張する。
「花奈さんのはハル兄、ハル兄のは花奈さんにだけ見せていたから」
夏川先輩は右手の人差し指を自分の唇に当てる。
「だから、“許さない”なんですね」
夏川先輩につられて、私も小声で返す。
「そういうこと。ダメって言われるのがわかってたから、ハル兄には言わなかったんだよね」
夏川先輩の横顔は後悔しているように見える。
夏川先輩が抱えている過去がこれだけではないと言っているように思えたけど、触れるのは怖くてできなかった。
そのせいで無言の時間ができてしまい、私は歩きながら、駅での会話を思い返した。
『私ね、栄治くんの写真が好きなの。だから、また見れるのが嬉しくて』
「あれ……もしかして、柚木先輩が好きって言った写真って……」
「僕が撮る、ハル兄の写真だと思うよ。ほら、ハル兄ってびっくりするくらいクールでしょ? でも僕は、そんなハル兄の自然な表情をよく撮ってたから」
どうして夏川先輩に“先輩の写真が好きだ”と伝えないのかとモヤモヤしたけど、それは確かに、個人的な欲で、言えなかったのだろう。
「お礼を言ったのも、ハル兄の写真が見れるからだろうね。カメラを一切触らなかった時期、当然、ハル兄の写真も撮ってなかったから」
少し前の夏川先輩と同一人物とは思えないほど、夏川先輩はなんとも思っていない様子で、写真を撮らなかったことを言った。
なにが夏川先輩を変えたのかとか、どうして写真を撮らなかったのかとか、気になることはいくつかあった。
だけど、やっぱり私は聞けなかった。
「俺は許さないけどな」
後ろから恐ろしい声が聞こえる。
「だから、あれは僕がお願いして飾ってもらったんじゃないんだって」
夏川先輩が言うと、遥哉先輩も柚木先輩と同じように穏やかに笑う。
夏川先輩は二人のイタズラに困ったように笑うけど、私はますます話が見えなくて、聞きたくなる。
でも私が触れてもいい話題なのかわからなくて、ただ夏川先輩たちのやり取りを見ることしかできなかった。
すると、夏川先輩は私の視線に気付いてしまった。
目が合ってからすぐに逸らしたものの、きっと意味がない。
「去年の文化祭の、花奈さんの写真、覚えてる?」
あんなにも強烈に一目惚れをしたのだから、忘れるはずがない。
ただ、どうしてそんな確認をしてくるのかわからなくて、ぎこちなく頷いた。
「あれ、ハル兄が後輩に告白されてるところを見つけた花奈さんなんだ」
一気に腑に落ちた。
どうして一枚目が不安そうな横顔だったのか。さっきの柚木先輩のセリフもそう。
恋人が告白されていて、不安にならないほうが無理な話だろう。
そして、その瞬間を写真に取られるのも、いい気がしないはず。
「あの写真は、ハル兄に見せて終わりだったはずなんだけど、矢崎先生……写真部の顧問に見られちゃって。いい写真だから飾ろうって言われて、断れなかったんだ」
掲示しようと提案してくれた矢崎先生には感謝したくなるところだけど、この流れからしてきっと、飾らないほうがよかった写真なのだろう。
「それで花奈さんに許可を取ったらいいって言われて、掲示することになった。あれが、人前に初めて出した花奈さんの写真なんだ」
「初めて?」
夏川先輩なら、何枚も柚木先輩の写真を撮っていそうだったから、それは意外だった。
夏川先輩は後ろと前に視線を動かしたあと、若干私との距離を縮めてきた。
その距離感に、変に緊張する。
「花奈さんのはハル兄、ハル兄のは花奈さんにだけ見せていたから」
夏川先輩は右手の人差し指を自分の唇に当てる。
「だから、“許さない”なんですね」
夏川先輩につられて、私も小声で返す。
「そういうこと。ダメって言われるのがわかってたから、ハル兄には言わなかったんだよね」
夏川先輩の横顔は後悔しているように見える。
夏川先輩が抱えている過去がこれだけではないと言っているように思えたけど、触れるのは怖くてできなかった。
そのせいで無言の時間ができてしまい、私は歩きながら、駅での会話を思い返した。
『私ね、栄治くんの写真が好きなの。だから、また見れるのが嬉しくて』
「あれ……もしかして、柚木先輩が好きって言った写真って……」
「僕が撮る、ハル兄の写真だと思うよ。ほら、ハル兄ってびっくりするくらいクールでしょ? でも僕は、そんなハル兄の自然な表情をよく撮ってたから」
どうして夏川先輩に“先輩の写真が好きだ”と伝えないのかとモヤモヤしたけど、それは確かに、個人的な欲で、言えなかったのだろう。
「お礼を言ったのも、ハル兄の写真が見れるからだろうね。カメラを一切触らなかった時期、当然、ハル兄の写真も撮ってなかったから」
少し前の夏川先輩と同一人物とは思えないほど、夏川先輩はなんとも思っていない様子で、写真を撮らなかったことを言った。
なにが夏川先輩を変えたのかとか、どうして写真を撮らなかったのかとか、気になることはいくつかあった。
だけど、やっぱり私は聞けなかった。