「先輩、新しい写真、見せてください」

 春。新しいクラスでの自分の新しい立ち位置を探しながら過ごす時期に、それまでの僕の世界にはいなかった人物が現れた。

 彼女は真新しいセーラー服を身にまとい、肩に届きそうな黒髪を揺らす。

 インドアな僕とは違って、活発そうな少女の名は、古賀(こが)依澄(いずみ)

 数日前から、放課後になると僕のクラスに来ては、同じようなことを繰り返し言ってくる。

 古賀が“写真”という単語を発する度に、周りから鋭い視線を向けてくるのだけど、彼女はそれに気付いていないのか。

 僕は耐えられそうになくて、逃げるように引き出しに視線を落とし、教科書やノートを取り出しながら答える。

「……僕、写真はもう撮らないから」

 ふと視界に入った古賀は、口を尖らせている。

 彼女が僕の写真にこだわるのは、去年の文化祭で、僕の写真に一目惚れしたからだそうだ。

 聞いたとき、最初は嬉しかった。

 だけど、写真の感想繋がりで、その喜びを掻き消してしまうほどの言葉まで思い出してしまった。

 それはいわゆる、僕のトラウマというもの。

 だから、できることなら、僕は古賀と関わりたくなかった。

「じゃあ、私にカメラを教えてください」

 そんな僕のささやかな願いなんて届かなくて、古賀は紺色のデジカメを手に、言った。

 強引な申し出の割に、その表情は柔らかい。

 ただ、どうしてそんな顔をするのかなんて、気にしていられなかった。

 久しぶりにカメラを見て、手が伸びそうになる。

 それを引き止めるのは苦い思い出で、僕はカメラを見ないようにした。

「僕みたいな素人に教わるより、写真部に入って、矢崎(やさき)先生に教えてもらったほうが、上達できるよ」

 僕は古賀の膨れた頬に気付かないふりをして、立ち上がる。

 少しでも早く、この場から離れたかった。

「でも写真部には、夏川(なつかわ)先輩はいないじゃないですか」

 だけど、僕は簡単に彼女の声に引き止められた。

“どうしてそんなに、僕にこだわるの?”

 答えが予測できるこの質問は、言わなかった。

 結果、僕は古賀を無視することとなり、そのまま教室を出た。

「今日も熱烈なアプローチだったな」

 追いかけてきたのは、古賀ではなく、友人の佐伯(さえき)

 僕は佐伯のにやけ顔と、さっきの古賀の言葉を思い返して、ため息をつく。

「……あんなに求められても困るんだよ……早々に諦めてくれたらいいんだけど」
「どうだろうな。お前に会うために、この高校に来たらしいから」

 佐伯の返答に、ため息が止まらない。

 どうして僕なんだ。

 そう思わずにはいられなかった。

「気が向いたら、教えてやれば?」

 きっと向くことはないとわかっている顔をするなんて、人が悪い。

 すると、佐伯は僕の左肩に手を置いてきた。

「まあ、古賀ちゃんだけじゃなくて、矢崎先生も俺も、栄治(えいじ)の写真待ってるから」

 まったく嬉しくない報告をして、佐伯は僕を追い越していった。