ここまで思い出してくると、今日までカメラを触らないでいられたことが不思議でならない。

 こんなにも楽しいことを、どうして僕は辞めてしまったんだと思わずにいられない。

『楽しいこと、好きなことを我慢して、楽しくないことにしてしまうのは、きっと苦しい』

 あのとき母さんから父さんの言葉を聞いたときは、ただ納得しただけだったけど、今は理解できる。

 僕は、嫌なことがあって苦しかっただけじゃなくて、楽しくて好きなことができなくて、苦しかったんだ。

 そう思うと、一気に心が軽くなった。

 一人では抜け出せなかった沼から、古賀が救い出してくれた。

 今なら、僕は過去に向き合えそうだ。

「……ありがとう、古賀」

 唐突にお礼を言ったから、古賀はきょとんとしている。

 素直な反応に、思わず笑ってしまう。

 すると、スマホのシャッター音がした。

 その音がしたほうを向くと、スマホを持った氷野と、佐伯が冷めた目をして立っている。

「リア充かよ」
「アオハルかよ」

 氷野が先に言い、佐伯が悪ノリをして続ける。

「ちょっと咲楽、今の写真、消してよ?」

 古賀が氷野に近寄るが、写真を消されたくない氷野は、古賀から逃げていく。

 楽しそうに砂浜を駆けている二人のほうこそ、青春しているじゃないか。

「まさか、栄治が写真を撮るとはな」

 そんなことを思いながら二人にカメラを向けていると、佐伯が言ってきた。

 驚いているような、喜んでいるような表情に対して、僕は微笑み返す。

「僕も、思わなかったよ」

 古賀たちに視線を戻すと、古賀が氷野を捕まえ、スマホを奪っていた。

 古賀は取り戻されないように、右手を高く上げている。

 身長差があることから、氷野はそれに届いていなくて、怒りながら取り返そうとする氷野を見て、古賀は笑っている。

「でも、あの笑顔を前にしたら、僕のくだらないプライドなんてどうでもいいなって思ったんだ」
「へえ?」

 佐伯はからかう声を出して、相槌を打つ。

 少しだけ、言葉を間違えたかもしれないけど、本当に思ったことだから、訂正するのも違う気がした。

「……遥哉さんのことはいいのか?」

 からかわれると思ったのに、佐伯は声のトーンを落として、本気で心配した面持ちで言った。

 それは、僕も気にしていたことだ。

「ちゃんと話すよ」

 ハル兄と向き合うのは、まだ怖い。

 でも、このまま逃げ続けて、後ろめたさを感じながらカメラを持つことは、したくなかった。

「なんにせよ、古賀ちゃんに感謝だな」

 佐伯は僕の右肩を軽く叩いてから、歩き始める。

「……本当にね」

 佐伯は僕をからかうつもりで言ったのかもしれないけど、実際に救われた以上、それしか言えなかった。