(役人は嫌いだ)

 それは昔、とある役人に知恵を借りたいと言われ呼び出されたときのことだ。
 子供のために用意したからくり人形の修理だと聞き喜んでその仕事を受けた。
 ところがだ。約束通りにその人形を修理した玲燕に対し、その役人は報酬を支払わないどころか「愛妾にしてやる、ありがたく思え」と言い放った。若い、かつ女のである玲燕を軽んじていることは態度から明らかだった。

 それ以来、玲燕は自ら進んで男の格好をして男のように振る舞うようになった。
 この国では女の地位が低い。育ての親が亡くなり一人暮らしする上でも、そのほうが都合がよかったのだ。

 男の身なりをして、男のような口調で話すようになってからは愛妾にしてやると言われることはなくなった。だが、今でも各地の役人にただ同然の報酬額に値切られることが多く、彼らが内心で平民である玲燕を小馬鹿にしていることは明らかだ。

(朝廷か……)

 都に行くのは十年ぶりだ。

 玲燕の父は天佑が言うところの天嶮学士その人だった。
 父は子供の目に見てもとても聡明な人で、幼い玲燕に様々なことを教えてくれた。語学はもちろん、複雑な算術や水時計の仕組み、からくり人形の原理……。

 天嶮学は錬金術学の一種で、初代の天嶮学士が学びやすいように体系立てたものがそう呼ばれているに過ぎない。それなのに、たった一度の失敗で父は天嶮学士の名を剥奪された上で斬首され、天嶮学そのものがまがい物の邪道であると断罪されたのだ。