どこまでも続く青空のように私達の関係は続くような気がしていた。たとえそれが、錯覚だとしても。

ボクシング部に入部したコージは私の幼馴染。
同じ高校に入っても、彼とはずっと腐れ縁が続くと思って接していた。
距離感が変わることは無いだろうと私だけが勝手に解釈していたのかもしれない。

コージは1年生の最初の頃に、試合でケガをしたと聞いた。
入院、手術という言葉が私の心を刺すと同時に痛みが走る。
まるで自分のことのように。いや、自分以上のことのように。

「入院して手術って、大丈夫なの?」
「大丈夫だって。ボクシングはできなくなるけど、別な楽しみを見つけるつもりだからさ」
「別な楽しみって?」
「例えば、バイトとか? 他の部活に入るってのもありかもな。まぁ、医者からスポーツは止められているから、モテそうな感じでバンドとか?」
「バンドって、あんた音楽経験あるの? 入部動機も不純だし」
「音楽経験はない」
きっぱりと答える。
「これだから、あんたは昔から適当なんだから。だいたいそんなことで本当にモテるとでも思ってるの?」
「思ってるさ。というか既にモテてるだろ」
「どこがモテてるんだか」

思ったより、気落ちしていない様子で安堵する。
実際コージは結構モテる。だから、幼馴染の私はただ見ているだけだった。
いつ彼女ができたとしてもただ、見ているだけの存在。

「なんで、そんな大ケガしたの?」
「目を何度か試合や練習の時に殴られたことがあってさ。俺の目は網膜剥離になりやすい体質だったらしい。ボクサーならば、覚悟しなきゃいけない病気なんだよ」
「なんで、ボクシングなんて始めたのよ? サッカーや野球でもいいでしょ」
「中学時代になかった部活を高校で新しく始めたかったんだよ。それに、強いと大切な人をいざという時に守ることができるだろ」
「大切な人、いるの?」
「秘密」

ちょっと気になるその発言。多分いるのだろう。
私の知らないところで、コージが誰かを好きになっている可能性も高い。
気になる病気のことを聞いてみよう。
幼馴染の関係故、聞いてもいい距離にいる。

「網膜剥離ってどういう病気なの?」
「目に穴が空くから、そこを補う手術をすることになるんだ。重いものを持ったり、激しい運動もできない。将来の職業も限定されるな。生きている間に何度も手術する可能性も高いんだ」

やっぱり、彼の心の中にはからっぽが住んでいる。
以前にはいなかったからっぽと諦めという気持ちが、彼の未来を阻んでいる。
私が支えてあげられないだろうか。
でも、彼の眼中に私はいない。
彼の瞳の中には私はいない。

「痛いわけでもないし、自覚症状は見え方がおかしいかな、という感じだ。視界の中で虫が飛んでいるのが常に見えている感じかな」
「目って一番重要な気がする。視覚で私たちって生きているよね。だから、見えないと、出かけたり、物を取ったり、歩いたりすることが凄く不便になると思うの」
「目は大切にしないといけないな。って今更遅いか。人間の体はリセットできないからな」

リセットできたら、どんなにか幸せだろうか。

「もし、別な部活に入るならこれからも影ながら応援するね」
「ありがとな。うわあ。空が青いな。空の下じゃ俺たちは平等だ」

見上げると広がる空は、近そうで、つかめないくらい遠くにある。

たしかにひろがる空色はきれいだった。

近所なので、ここで別れる。
彼の後ろ姿はからっぽに支配されているかのようで、とても寂しげだった。