(2)

 確かに見目麗しいのは認めるが、どうも烏丸の挙動はのらりくらり、その場の気まぐれで行われることが多い。
 巷で知れ渡られるにはそれなりの理由があるのだろうが、暁にはいまいちピンとこなかった。

「はは。モテ男が家に二人もいるなんて、私は幸せ者ですね。それでは、私はこれで」
「ああ。……道中、気をつけてな」

 クルミに見送られ、暁は部屋をあとにする。
 甥っ子といい烏丸といい、つくづく自分とは正反対の人種なのだな、と暁は思った。



 言われたとおり、道中気をつけたつもりだった。

「助けて、く、ださ……」
「……」

 しかし、自宅兼事務所の真ん前に倒れ込む者を目にするや否や、暁は高速でその者を事務所内に押し込んだ。
 今回の依頼もまた、一段と難解であろうことを予感させるには十分な幕開けだった。

「いやはや、大変お騒がせいたしました。ここでなら、あやかし相手の依頼にも真摯に受け付けていただけると、風の噂で耳にしたものでして」
「そうでしたか。お水は、ミネラルウォーターで宜しいですか?」
「問題ございません。お気遣い頂いて恐縮です。それと敬語は結構にございます。相手の方にお気遣い頂くのは苦手な性分でして」

 ぺこりと行儀良く頭を下げようとした依頼主は、我に返ったように慌てて頭を元に戻した。
 その動作に、暁はこっそり笑みをこぼす。

 頭の上に載せられた、つるりと綺麗なお皿。
 あまり深く頭を下げると、今継ぎ足したばかりの水がお皿からこぼれ出てしまう。つまりこの子は──。

「はじめまして七々扇さま。わたくし、河童の琉々(るる)と申します」
「河童が来たか」
「ぴゃっ!?」
「烏丸」

 突然奥の戸から現れた烏丸に、依頼主は肩をびくつかせた。

 ここ最近はじりじり焼け付く暑さもあり、屋外での日向ぼっこも難しい。
 日中は室内で完全に暇を持て余しているらしい烏丸は、頭を掻きながら暁の隣に腰を下ろした。

 ちなみにもう一人の参謀というべき甥っ子は、夏休みの夏期講習で不在である。

「ええと。もしやそちらは、あやかしの御方で……?」
「あ、やっぱりわかるんだね」
「勿論ですとも! 下級妖怪のわたくしとは比べようもないほどの妖力をお持ちで……」
「無駄話はいい。暁、話を続けろ」

 君が遮ったんだけどね、とは言わないでおいた。
 また依頼主が怖がってはいけない。

「話を中断させちゃってごめんね。琉々くんはその、やっぱり河童……なんだね?」
「ええ。左様にございます」
「おい。なんだその疑問形は」
「いや、だってそれは」

 私の頭の中の河童と少しイメージが違った、とはっきり口にするのは憚られた。

 暁の中の河童とは、頭にはトレードマークの皿が乗せられ、鳥のようなくちばし、指の間には水かき、背中には甲羅。そして何より、皮膚の色が緑色だ。
 対して琉々は、頭の上の皿こそあるものの、くちばしも水かきも甲羅もない。
 そして何より皮膚の色は緑色ではなく、赤みがかった茶色だったのだ。

 しかし暁が抱いた考えは、琉々には容易に透けて見えてしまったらしい。

「きっとわたくしのような河童がいるとは驚いたことでしょう。七々扇さまのご感想が素直なところと存じます」
「っ、あ、ごめんなさい」
「いえいえ。これはあくまで、わたくしが出来損ないの未熟者であるが故。どうかお気になさらず」

 気遣うような笑顔を向けられ、暁の胸の奥がつきんと痛む。
 本当の年齢は定かではないが、琉々は人間でいうところの幼稚園児ほどの身長しかない。

 にも関わらず板についた物腰の柔らかさが、今まで経験してきた気苦労の蓄積のように感じられた。

「あやかしの見た目にばらつきがある事なんざ、珍しいことじゃねえよ。例えば鬼と一言にいっても、角がある者、一つ目の者、首しかない者。人間が勝手に仕分けただけで、違いは数えきれねえほどある」
「なるほど。確かに」
「加えて大小も様々だ。……今天井裏に潜んでる、小鬼も含めてな」

 う。やはり烏丸には、先ほど急いで軒下に放した家鳴三兄弟の存在はお見通しだったようだ。
 依頼主との話を終えたあと、改めて報告しなければ。

「それで琉々くん。私たちに依頼したい事っていうのは」
「はあ、それなのですが」先ほどまでにこにこ笑っていた琉々が一転、しょんぼりと眉を下げた。

「じつはわたくし、自分の住み処を見失ってしまったようなのです」 



 河童の琉々の話はこうだ。

 数ヶ月前のこと。琉々は唐突に、自分がとある川の水面に浮かんでいることに気がついた。
 目を開くとすでにその川を根城にしていた他の河童たちに、心配そうに覗きこまれていたのだという。