夜の海は、いつ来ても儚い。藍色の夜空を見上げながら、私は、鞄から葉書を取り出した。もう我慢してもいい。そう思うと、涙の粒はそこら中に転がって、すぐ波に攫われていく。

「夏音」

その声に私は、涙を手の甲で拭ってから振り向いた。

「挨拶なしの上に泥棒かよ」

来斗は、私の隣に長い足を投げ出すと、私から葉書を取り上げた。 

「それ、持ってくれてたんだ」

「まあな、引いた?」

「……嬉しかったよ」

最後くらい、素直になってもいいのかも知れない。

「俺さ、ずっと後悔してたんだ。あの時、結婚にこだわってさ、夏音が夢と結婚を天秤にかけて、しんどくなること分かってたのにさ。ガキだったんだ」

「違う。私が、来斗より夢を選んだから」

「それだよ」

来斗が、私の髪に触れると泣きそうな顔で笑う。

「え?」

「両方、選んでもらえば良かったんだ。俺も夢も」

ふいに包み込まれた身体は、来斗の体温が伝染してきて、じんと心地よい。夜風が、吹くたびに、来斗の匂いが鼻をかすめて、思い出達が、波の音に合わせて寄せては返す。