事務所から納品先までは、三十分程で到着した。その間、助手席に座る私の心臓は、つねに駆け足状態で酸欠になりそうだった。

来斗の声が隣から聞こえて、来斗の匂いが鼻を掠めるたびに、二人だけの夏の思い出が、すぐに(あふ)きそうになるのを、慌てて心ごと蓋をする。それをひたすら繰り返して、やり過ごした。

「納品完了!夏音ありがとな」

来斗は、納品伝票を軽トラのサンバイザーに挟み込むと、エンジンをかけた。軽トラは、ゆるりと走り出す。

「私、此処座ってただけだし……お礼言われるようなことしてないから」

「ふっ、相変わらず素直じゃねぇのな」

来斗は、軽トラを走らせて、すぐに路肩に寄せた。

「あ、寄り道。ちょい待ってて」

「うん、分かった」

来斗を意識すればするほど、言葉は、そっけなくなる。来斗は、すぐに戻ってくると、私の頬にそれをピタッとくっつけた。

「冷たっ!」

ぷっと笑うと来斗は、私にそれを手渡した。

「好きだろ、カルピスソーダ」

思わず、私も笑っていた。来斗が、私が、夏場はカルピスソーダ一択だった事を覚えていてくれたことが、嬉しかったから。

「さて俺のは、なんだと思う?」

来斗が、付き合っていたとき、よくこうして、どうでもいいクイズを出してきたことを思い出す。

「そんなの、どうせ、レモンティーでしょ」

「正解!さすが夏音」

「来斗、今だに、夏場は、レモンティーなんだ?」

「だな。コーラとかファンダとか炭酸系興味ねぇから」

「見た目は、炭酸大好きそうだけど?」

「それな、今だに言われるわ。ってか、炭酸大好きそうな顔ってなんだよ」