男が、目隠しにかけていた何十もの結界が、するりと解かれた。

薄く吊り上がった目元に、右頬には大きな傷跡。大きな鼻に口元には無精髭、身長は、百九十は優にある大男。

彼こそが影狩師から影縫師へと堕ちた最強の結界術と水術を操る男。

「……そうですね、お互い式神でのやり取りでしたので。三鈴封水(みすずふうすい)氏」

「泣き虫のチビだったお前が、御津宮の分家筆頭とはな、偉くなったもんだな」

「お誉め頂けるとは、恐縮です」

僕は、紫色の瞳を細めて見せた。
 
「志築は、元気か?さっきは、ちとしんどそうだったな?一度手合わせしたいんだけどね」

「申し訳ございませんが、志築様には、指一本触れさせる訳には参りませんので」

「ああ、そうかよっ!」

封水が、目の前に右手を翳した途端、
バンッ!!と目の前で霊力が弾かれる。

「くっ……」

僕自身にかけていた結界は、あっけなく弾け飛んだ。

「楽しませてくれよな」

封水は、指先をボキボキと鳴らしながら、一歩前へと踏み出した。

それを見て、じわりと一歩、僕は後ろに下がる。

近距離は、分が悪い。

「……噂には聞いていたが、御津宮のお坊っちゃんの為なら、汚い仕事どころか、犠牲も殺しも厭わないらしな、いやご立派!」

封水は、大袈裟に拍手をしながら、こちらへと更に距離を詰めてくる。

「先に、例のモノ渡してもらおうか?」

僕は、胸元から絹袋を取り出すと封水に向けて放り投げる。

「此度の約束の報酬でございます。お受け取りを」

「……確かに」

ジャラリと絹袋を受け取ると、すぐに中身を確認して、封水は、薄く笑った。