深夜二時十分前、三鷹某所、三鈴家別邸に一台の黒のベンツが、緩やかに弧を描いて停車した。

「志築様……到着致しました。」 

融は、車のエンジンを切ると外に出ると、素早く後部座席のドアを開けた。

屋敷には、所々灯りは就いているが、全体的に暗く夜の闇に息を潜めているかのようだ。ここからでは、まだ真遥の気配は、まるでわからない。

「出迎えも無しかよ、なぁ、康介。」 

此処に着くまで一言も発しなかった志築が、何事も、なかったかのように口を開いた。

「何、出迎えて欲しかったのか?」

俺も何事もなかったかのように返事をする。屋敷全体に、その視線を向けながら、融がゆっくりと結界を張った。

「いいや……お楽しみは待てば待つほどだからな」

「志築、わかってるよな」

「わかってる。……お前にまた殴られたくねーからな」

拗ねたような表情といつもの口調の志築を見て
、俺は、ふっと笑った。

「お利口さんだな」

「お前な、俺のこと馬鹿にしてんだろ」  

口を尖らせた志築に、やや一歩下がったところに居る融が、今度は、くすっと笑った。

「お前らな、俺は、子供じゃねーからな、お守りはいらねーからな」

(違うよ、安心したんだよ。俺も融も)

「お前を信じてるよ」

茶色の瞳が僅かに大きく開いて、何かこちらに言おうとしたが、小さな溜息をつくと、そのまま黙って扉に手を掛けた。


ーーーー鍵のかかっていない玄関扉を開けると蝋燭の火が、等間隔で床に置かれ奥へと続いている。広い屋敷だ、これを辿れということだろう。

「ご親切なこったな」

志築は、土足で屋敷に上がると最奥の間へと足をすすめる。いくつか角を曲がった後、俺が足を止めると同時に、志築の足もぴたりと止まった。