ーーーー三鷹某所。三鈴家別邸。障子をそっと開け夜空を見上げる。今宵は満月。その淡い美しく儚げな光を紅の瞳に灯す。

「華乃…」 

低くそれでいて甘い声。

銀色の髪を真後ろに綺麗に束ね、真っ赤な蝶の模様が目を引く黒の着物に身を包んだ私は、名を呼ばれて振り返ると、すぐさま声の主の足元へと三つ指をついた。 

紅の蝶が、一匹ゆるやかに主の周りを弧を描く様飛んでいる。

「お時間にはまだ少し早いかと」

「いや、時間通りだよ」

ゆっくりと面を上げ、その神の如きお姿を焼き付けるように私は、見上げた。

「お前には、嫌な役を任せて悪かったね」

「そのようなこと、仰らないでください」

再度、私は頭を垂れた。

「僕が、来ないと知ったら、志築は、怒るんだろうね」

口元を美しく三日月に模して彼が、微笑んだ。

「お前は……死んでしまうかもしれない」

そう呟くと、彼の骨が浮き出た掌が、私の頭にふわりと触れた。温度の無い冷たい掌。

初めて、父から彼を紹介された時、神様みたいだと思った。

漆黒の髪は腰ほどに伸ばされ、手足は骨と皮以外余分なものは、何もなく恐ろしく痩せていた。それなのに、何者よりもどんな宝石よりも美しいのだ。

「私は、死など恐れてはおりません」 

見つめた、その銀色の瞳は、何の感情もなく無機質で冷たくて、とても綺麗で儚かった。

「わかっているよ」

いつまでも、その瞳の中に映れたら……その瞳から放たれる絶対的な光は、服従せずにはいられない麻薬のような依存性があった。

「……真遥様……」

少し顔を上げ、その尊き方の名をよぶ。 

彼のゴツゴツとした骨張った掌が、私の髪を撫でるように梳かしていく。

「もうすぐアイツがくる。お前は、僕からの伝言を伝えておくれ。全て予定通りだよ」

唇を薄く開け、蛇が獲物を狙うかのように狡猾に厭らしく、彼は笑った。

そして、障子をその骨ばった掌で大きく開け放つと、月の光が、彼をより美しく際立たせるように、儚く照らし出した。

「今宵は満月だね……僕は……ずっと月が、大嫌いだった。ある時まではね。この世に太陽はは要らない。闇を照らす月さえあればいいんだよ、そして、この世には神の如き歪んだ愛しか要らないんだ。愛は美しいなんてもんじゃない。影そのものなんだよ。いいかい……僕はら僕一人しか必要ない。……アイツを、ずっと殺したくてたまらないんだ……そのためにも彼女が必要なんだ。」

「全て……真遥様の仰せのままに……」

満月の光を一身に浴び、こちらに向けられた眼差しにぞくりと心臓が震えた。このまま死んでしまえたら、そう思えるほどに、彼は、本当に美しくて高貴で、神だ。 

黒くおぞましいモノに心も体もゆっくりと蝕まれていく。

心地よい感覚に落ちていく。 


ーーーー永遠に。