「はぁ……」

僕は、秋宮邸の離れの前の片隅で楓の木を眺めながら煙草に火をつけた。

自ら禁じていた久しぶりのニコチンは、肺に吸い付くように自身に心地よく吸収されていく。 

「お前、やめたんじゃなかったの?」

先程の声色とは、随分と穏やかになった赤色の瞳がこちらを見下ろしている。

「康介様こそ、いつ禁煙なさるんです?美雪様から、いつも言われてらっしゃるでしょう?」

「姉さんは、お前にまで愚痴ってんのかよ。ま、俺は、誰に何言われても禁煙する気ないよ。お前こそ、せっかくやめてたのに何で?」

康介の瞳は苦手だ。全てを見透かされてしまいそうで。僕の不安も、僕も決意も。

「……やめて、たんですけどね、やっぱ無理みたいです」
 
肩をすくめて、僕は、笑ってみせた。

隣に並んだ康介は、慣れた手つきで煙草をくわえると、吸い込んでは、吐きを繰り返す。

「さっきは悪かったな。……お前の大事な志築様殴り飛ばしてさ」

本当は、悪いなどとは露程も思ってはいないであろう。それでも、志築のお目付け役を任されている身としては、志築を目の前で傷つけられたことに関して、黙っていることはできない。

また、志築を神と崇めている、本家の上役達に志築の身体の傷なら隠せるが、顔の傷は、難しい。

「本家に報告させて頂きますよ?」

「どうぞ。また御津宮本家のジジイ達が、騒ぐんだろうな。ま、冬宮の当主、俺なんで。適当に詫び状送っとくけどな」

「すみません……」

「いや、お前の立場が1番難しいの分かってるから」

康介は、僕から目線を逸らすと、手元の煙草の灯りをじっと見つめた。

「……康介様……、あの」

「初めてだな、志築」

その言葉の意味はすぐに理解できる。

「はい……志築様があそこまで感情的になられるのは」

「そうだな。でも、ああでもしないと、アイツは、吐き出せないからな」

「正直言って驚きました。……僕は二年もお使えして志築様のことを……何もわかっていなかったのかも知れません」

「それは俺も同じだよ。アイツ一人が背負わなくてもいいのにさ。何もかもをアイツに背負わせて、アイツの本当の声に気づいてやれてなかった、同罪だな」

同罪、という言葉が、やけに重く心に響いた。

僕は、志築様にお仕えしてきて、彼の何を見ていたんだろうか?

彼の穏やかな顔や、柔和な態度に、隠された闇を見ようとしたことなど、一度でもあっただろうか?