冬宮家前当主の憲俊(のりとし)氏は、康介に当主の座を譲るときにいくつか掟を定めている。

その掟は御津宮本家は勿論、霊印家にもほぼ同じ内容のものが存在しており、掟に沿って、影狩師、または封印師として生きることは絶対だ。遥か昔から、その血脈を絶やさず守るために、掟こそ全てだと、教え込まれて育てられてきた。

志築は勿論のこと、例外なく御津宮三分家の子供たちも、そのように育てられているはずだ。

二十程ある、その掟の一つに婚姻について定めたものがある。冬宮家では息女については霊力の有無関係なく当主に嫁ぐ事。

憲俊氏は、康介に当主を譲る際、「霊力の有無関係なく当主に」という文言を加えたらしい。

霊力をもたない、一般家庭出身の自身の体験を元に、同じくほとんど霊力をもたない美雪さんが、冬宮家の息女というだけで、冬宮と婚姻関係を結び、虎の威を借りようとする末端の神社関係者に圧力をかけたのだ。

美雪さんが、婚姻に際して、不遇な扱いを受けることがないようにという、親心だろう。

「……でも、仮に幸太が、当主に就いて美雪さんと婚姻したとして、……彼女の気持ち、どうなんのよ」

美雪さんのあの柔らかな笑顔は、霧矢に向けられる時、より一層花が開くように花が溢れるように笑う。 

「……うるせぇよ」

幸太が、不貞腐れると、弄っていたスマホを放り投げた。

「てゆーかさ……お前こそ、当主とどうなの?」

「えっ?……ケホッ……ケホッ」

幸太の思ってもみなかった言葉に、私は、思わず緑茶が咽せた。