ーーーー東京渋谷某所。

アイツから指定された時刻の五分前。古びた自動販売機の横の街灯の下で、足をとめる。 

点いたり消えたりを不規則に繰り返す、街灯の光で、自身の履いている黒のブーツから細身の身体をなぞる様に、影が伸びたり縮んだりしている。その影は、異様ともいえるほど黒く怠惰(たいだ)な淵を帯びていた。

霊印冴衣(れいいんさえ)は、小さく溜め息を吐き出した。吐息は、すぐに冬空の暗闇にふわりと飲み込まれていく。真円に近づきつつある、月だけが、嘲笑うかのように嬉々として輝いていた。 


「だから満月は嫌いなのよ」

ただ美しく浮かんでいるソレに心からの忌避を込めて言葉を吐いた。

満月の前後、数日は「影」が特に活発に動き出す。

人は、誰でも多かれ少なかれ、闇を抱える生き物だ。「怖いもの」「目に見えないもの」「得体の知れないもの」「この世ではないもの」その他諸々の所謂(いわゆる)科学では証明できない、『わからない』ものに本能的に恐れをなす。

一般的に言う、オバケなるものの代表が「影」の一つだ。 

「影」には、大きく分けて二種類があり、一つは、人間がこの世に未練や憎しみ、恨みを持って死んだ後成仏できずに「影」となる。

先程のオバケなるものは、こちらの分類だ。自然発生型とされ言葉を持たない「影」。

もう一つは、人間の心の闇を集めたモノを自然発生した「影」に縫いつけ、言葉を持たせて実体化させる、影縫師による後天的発生。

ーーーーどちらにしても共通しているのは、この世のモノではない、ということ。

自然発生の「影」及び後天的発生の「影」であり、妖しの存在である「影」を狩れるのは、その血筋を脈脈と守り続けている影狩師の一族のみだ。