警視庁刑事部捜査一課。刑事、柴木 智子は取調室を後にすると、本日得た情報を取調べ状況報告書にまとめて上司である益田 清蔵に届けた。内容は仁田 道雄が起こした実子に対する暴行殺人未遂の動機ついて。時刻はすでに午前を回っていた。
「息子に脅迫されていた、ねえ」
しんと静まり返る捜査一課のオフィスに、益田の平坦な声が響く。
数枚に渡る取調べ状況報告書に目を通しながら、上司は無糖の珈琲を啜っている。その隣では同じように無糖の珈琲を啜る後輩の勝呂 芳也が興味深く益田の反応を待っていた。
「仁田 道雄によると、家族を人質に金をむしり取る息子らのせいで家庭が崩壊。夫婦仲が冷め、去年の8月に離婚。恨みつらみが募って犯行に及んだとのことだが……ずいぶんな言い草だな。こりゃ」
家族を人質にも何も、仁田 道雄は下川 治樹と下川 那智の父親でもある。
血の繋がりについてはすでに調べがついており、双方が実の親子だということは医学的にも、科学的にも証明されている。DNA鑑定済みだ。
仁田 道雄の供述による「脅迫」について、具体的な例を出せば、下川兄弟の二人暮らし。学費を指している模様。それを交渉される際、家族に対する脅迫と、自分に対して暴行を加えられたとのこと。主犯は下川 治樹であり、その凶暴性と残忍性は己以上だと主張している。
「被害者ぶっている供述が多いな。下川の兄ちゃんに対して、とくに恨みがつよそうだ。仁田 道雄は」
取調べ状況報告書をファイルに挟み、益田はカップに入っている珈琲を飲み干す。
それを横目に柴木は当時の取り調べの様子を語った。
「仰る通りで、仁田 道雄は下川 治樹の話になると激昂しました。下川 那智の話はあまり表に出ず、首を絞めた行為についても、反抗的な態度を取られたことを理由にしていましたね」
「要するに見下していたんだろ。坊主なら自分に対して何もできねえ。逆らわねえってな。ったく、反抗的な態度もくそもあるもんかよ。ガキはペットじゃねえんだぞ」