翌日は腹部の痛みに叩き起こされる、最悪の目覚めだった。
益田警部が言っていたつよい鎮痛剤が切れたようで、おれは全身脂汗を流していた。見事に高熱も出てしまい、おれは熱と痛みと吐き気に苦しむことになった。
それこそ時間が経てば経つほど全身が痛むわ、座れないわ、寝返りも打てないわ、熱は高くなっていくわ、意識が朦朧になっていくわ。踏んだり蹴ったりもいいところだった。
傷口が開きかけたって意外と重傷なんだね。身を持って痛感したよ。
まあ、お腹を出刃包丁で刺されている傷なんだし、おれは元々重傷人か。目が覚めたらケロッと治っていたら良かったのに。現実は厳しいや。
様子を見に来た担当医も、警部さん達もおれの寝込みっぷりに眉をハの字に下げていたから、芳しい状態じゃないんだと思う。
それでも、おれは一切の泣き言を呑み込んで耐えた。
泣き虫毛虫を卒業すると心に決めたからには、泣き言は漏らしたくなかった。
ああ、本当は今すぐにでも兄さまのいる病室に連れてってもらいたい。
座ることも困難なほど傷口が痛んでいる状態だから、もちろん車いすに乗って移動なんてできるわけがない。それは頭で分かっているけれど、やっぱり兄さまの顔が見たい。大丈夫? 怪我は平気? 殴られたところは痛む? と言って心配してあげたい。
(痛ぃっ。まだ薬っ、効かない)
せめて薬が効けば効いてくれたら、兄さまの下に行けるのに。行けるのに――もがき苦しんでいると、遠いところから声が聞こえた。
それは「下川のお兄さん。まだ寝てないと」と、困り果てた柴木刑事の声。
それは「止めても全然話を聞いてくれないんですよ」と、嘆く勝呂刑事の声。
それは「おめぇは大人しく寝ているタマじゃねえか」と、呆れかえった益田警部の声。
それは「うるせえ。テメェら、そこをどけ。邪魔だ」と、苛立った兄さまの声。
複数の大人の声が混ざり合っている。
だけどその声は遠い、とてもとても遠い。聞き取ることが難しくなっている。
気づけばおれは爪を立てていた。握ってくる手を引っ掻いて、いつの間にか、爪を立てていた。
あれ、これはだれの、て?
「那智、兄さまだぞ。分かるか? 傍を離れて悪かったな。本当に悪かったな」
聞きなれた大好きな声がすぐ傍にいる。
それが分かっただけで涙腺が緩みそうになった。多大な安心感と申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
ああ、ごめんねはおれの方だよ。兄さま。
本当は元気な姿を見せたかった。
おれが兄さまの病室に行って看護してあげたかった。
じゃないと兄さまはまた無理をする。自分の怪我をそっちのけにして、おれの看護をする。ぜんぶ分かっているのに。ぜんぶ、わかっているのに。