益田警部が病室を出て行くと、おれはひとりベッドの上で眠れない時間を過ごす。
傷ついた体はまだまだ休息が欲しているようで、四肢の節々に重みを感じた。それでも目は冴えてしまっている。きっと兄さまが傍にいないからだろう。ひとりで眠る夜なんて殆ど無いもんな。
ひとりはとても心さみしく、心苦しい時間だけど、おれは自分の気持ちを無視して、益田警部から貰ったボールペンを眺めながら考えていた。
(いまのおれに何ができて、何ができないか……か)
そんなこと、自分の頭だけで考えたこともなかった。
何ができるのか、できないのか、それはいつも兄さまを見て決めていた。
おれにできることは、いつも兄さまを真似てやっていた。
おれにできないことは、いつも兄さまがやってくれた。
逆に兄さまができないことを、おれができる。兄さまにできないことは、おれがやってあげる……なんて光景は見たことがない。おれはいつも心のどこかで兄さまに頼っている。
(今まではそれで良かったけど、これからはだめだ。そんなんじゃ、おれはいつまでも兄さまに守られる存在になる。『弱点』になる)
兄さまとお揃いのボールペンを逆手に持つ。
お父さんに反抗した時、おれは泣き虫毛虫にならなかった。恐怖心を抱かず、何も感じず、ただ兄さまを守りたい一心でこれをお父さんに刺した。
今までのおれなら足が竦んでいたと思う。
だけどあの時のおれは、おれは、ただ無我夢中に。無心に。お父さんに――努力したら、またあんなおれになれるかな。泣き虫毛虫を卒業したい。
元気になったら、体力をつけるようにしよう。
勉強だってうんとしよう。おれは兄さまよりもアタマが悪いから、兄さま以上に勉強しなきゃ。
その過程でおれの得意分野が見えてくるかもしれない。兄さまにできないことを、おれがやってあげられる日を迎えることができるかもしれない。
何が遭っても笑って乗り切れるようにしなきゃ。
だっておれは兄さまに「おれ」をあげたんだから、「おれ」は兄さまのために使うべきだ。
(自分に何ができるか、いまのおれには分からない。だけど考えることはできる)
独りは嫌いだけど、誰かのために一人で考える時間はとても大事なんだと知った。
兄さまが傍にいると、つい兄さまに全部任せてしまう。それじゃきっとだめなんだ。
兄さまはおれをしあわせにしてくれた。今度はおれが兄さまをしあわせにしたい。
おれはボールペンをケースに仕舞い、毛布を肩まで引き上げると、ゆるりと瞼を閉じる。気持ちが固まったことでどっと睡魔が襲ってきた。