ただ頭部をつよく殴打されたことや、連日の疲労が溜まっていたことが重なって、意識を失ってからはまだ一度も目が覚めていない、と益田警部は教えてくれる。

「あの騒動から半日経っているが、今晩は目を覚まさないだろう。おめぇの兄ちゃん。担当医もそう言っていたぜ」

 下唇をそっと噛む。

 お父さんはつよい殺意を持って兄さまの頭部を花瓶で殴った。
 それこそ不意打ちで殴った行動が、お父さんの殺意の高さを教えてくれる。本当におれ達が憎かったんだ、お父さん。首を絞められた時も、すごく力が強かったもんな。

 その一方で「連日の疲労が溜まっていた」という言葉が、おれの心に翳りを落とす。

(兄さまは一日の大半を、この病室で過ごしていた。手術後のおれを看護してくれたり、おれのために食事を用意したり……寝泊りはいつもソファーのうえで、ちっとも家に帰らなかった)

 おれはそのことを、ずっと気にしていた。
 いくら体のつよい兄さまでも、連日のようにおれの世話をしていたら疲労するんじゃないか。家に帰って布団のうえで体を休めた方が良いんじゃないか、と。
 心配のあまり兄さまにそれを伝えたこともあったけど、兄さまの返事は「俺は独りが嫌いだ」。

 家に帰ったところで独り。落ち着いて休めるわけがない。那智は兄さまを独りにする気か、そう言っておれの心配を突っぱねていた。大丈夫、自分は弟よりもずっと強くて丈夫だ、と笑ってくれたけど……。

(やっぱり無理していたんだ。兄さま)

 いっしょにベッドで寝ようと言っても、一日だけ寝る場所を交代しようと言っても、兄さまは頑なに首を縦に振らなかった。怪我人のおれを優先した。

 おれは益田警部に筆談で聞く、兄さまの病室を。
 今すぐ兄さまの下へ行きたい。おれを献身的に看護してくれた兄さまを、今度はおれが看護してあげたい。

 なにより約束したんだ。いつも兄さまの傍にいるって。ひとりにしないって。

 すると益田警部がおれの頭に手を置いて、「兄ちゃんは好きか?」と尋ねてくる。
 迷わず頷くと、「だったら今晩はゆっくり寝てろ」と益田警部は言葉を重ねた。

「坊主。おめぇの兄ちゃんはな、お前さんのことが本当に大事なんだ。きっと手前のことよりも、ずっと、ずっとな」

 それは……それは知っている。兄さまはいつもおれを優先する人だ。