【8】


「よう坊主。目が覚めたか」

 気がつくとおれは見慣れた病室のベッドのうえに寝かされていた。
 カーテンが閉め切られている、夜を迎えているようだ。

 ゆるりと視線を動かせば、いつも兄さまが座っているスツールに益田警部が腰を下ろしている。警部さんはおれが目を覚ましたことにホッと息をついている様子だった。
 目が覚めて、最初に他人の顔が飛び込んでくるなんて生まれて初めての光景かもしれない。変な気持ちになる。

(おれどうしたんだっけ……兄さまは)

 病室の隅々に視線を配って兄さまの姿を探す。
 影もかたちも見当たらないことに、おれは言いようのない焦燥感に駆られた。

 同時に思い出す。
 兄さまは確か、お父さんに花瓶で殴られて、それから。それから。

 無理やり上体を起こすと、益田警部が「まだ寝てな」と言って、おれの行動を制した。
 曰く、お父さんの蹴りをもろに受けた影響で、腹部の傷口が開きかけていたとのこと。それこそ傷口から出血して白いパジャマが血で汚れていた、と益田警部が苦笑いをこぼした。
 いまはつよい鎮痛剤を投薬しているものの、それが切れたら痛みに苦しむことになる。熱だって出てきている。ベッドの上で安静にするべきだ、と気遣う言葉を投げた。

「首の包帯も取るんじゃねえぞ。首を絞められた時に、深く引っ掻かれたせいで傷になっているんだからな」

 おれは首にそっと両手を置く。
 言われるまで、包帯の存在に気づかなかった。 

(警部さん……兄さまはどこ?)

 おれは益田警部に質問を投げようとして、喉の奥を引き攣らせてしまう。
 声を出したいのに、全然体が言うことを聞いてくれない。兄さまのことを聞きたいのに、どうしても言葉がつっかえてしまう。他人に怖じている場合じゃないのに。

 益田警部はおれの様子に気づいたのか、サイドテーブルに置いていたスケッチブックとボールペンを差し出してくる。

 お父さんを思いきり刺したボールペンは、乱暴に扱ったにも関わらず、すらすらとスケッチブックのうえを滑った。先端は潰れていないようだ。

「坊主の兄ちゃんは別室で安静に寝ているよ。背後から花瓶で頭部を殴打されて、頭を縫う大怪我を負っちまったからな。ああ、そんな顔をすんな。大丈夫、命に別条はねえよ」