「これは『福島 朱美(ふくしま あけみ)』だが……坊主、この従業員がどうした?」

 カモミールが欲しくなったきっかけはこの人だと、スケッチブックにボールペンを走らせる。

 その瞬間、兄さまの顔色が変わった。
 おれの両肩を掴んで、「本当か?」と顔を覗き込んできた。
 おれは戸惑いながら何度も頷く。カモミールを欲しくなったきっかけは、福島というお姉さん店員がおれに勧めてきたことだった。

 当時、あの店に通い始めたのはおれは、植物を見ているだけじゃ満足できずに、なにか育ててみたいと思うようになった。

 そこで、あのおばあちゃん店主に教えてもらってミントを買った。無事ミントを大きく育てられたことが嬉しくて、次はバジルを買った。それも立派に育てられたから、次はお花に挑戦しようかな、と考えていた。ミントもバジルも花は咲くけど、お花って感じじゃなかったから。

 おばあちゃん店主にそれを相談していたら、福島さんにカモミールを勧められた。
 これならお花って感じの花も咲くし、初心者でも育てやすい。ハーブだから料理にも使えるよ。お兄さんと育ててみたらいいよって言われたんだ。

 福島さんはおばあちゃん店主の次におれと仲良くしてくれる人で、この人のお勧めなら育ててみてもいいかも、と思うようになった。

 とどめに福島さんがカモミールの花をガーデニングのカタログで見せてくれた。
 カモミールは小さくて、すごく可愛い花を咲かせるのだと知ったおれは、この花をぜひ自分で育ててみたいと思うようになった。
 それを福島さんに伝えたら――確か。

『店長に頼んで発注しておいてあげる。カモミールは種から育てることもできるけど、那智くんの家にはベランダがないって言っていたから、苗をプランターで育ててみるといいわ。カモミールが届いたら那智くん用に取っておくわね』

 おれは何度も頷いて、カモミールが届く日を楽しみにしていた。
 『Flower Life』を覗く度に、カモミールが届いていないか、福島さんやおばあさん店主に聞いていたほど、おれはカモミールが欲しくてたまらなかった。

 一連の話を聞いた兄さまは、荒々しくおれの頭を撫でると、盛大な舌打ちを鳴らした。

「また福島か。高村のことで、首を突っ込んでくるだけの女だけじゃなかったのかよ」

 高村? 福島さんと繋がっている人? ……もしかして。

『兄さま。それって、たかむらあやかさんのこと?』

 兄さまに筆談で質問すると、今度は目を丸くして石像のように固まった。

「おい那智。高村彩加を知ってるのか?」
 
 うん、おれは頷いた。
 だって『Flower Life』で話したことがある人だから。

 その人はよく花屋へ足を運び、あのお姉さん店員の下に来ていた。
 お花を買う目的、というより、友達のところに遊びに来ている様子だった。仲良くおしゃべりをしているところを、おれは何度も見ている。
 福島さんからお友達だよ、と会話の輪におれを入れて紹介されたことがあるから、高村彩加さんのことは憶えているんだ。