「那智。今日はもう休むか?」

 事情聴取の終わりは、いつも兄さまの気遣った声が合図になる。
 おれはたっぷり間を置いて、うんとひとつ頷いた。何一つ進展がないのに、兄さまは「がんばったな」と褒めて、おれをベッドに寝かせると胸上まで毛布を掛けてくれた。

 これが連日の光景になっているから、病室に足を運んでいる警部さん達は少し弱っている様子だった。

「下川の兄ちゃんと一緒にいるだけじゃダメなんだな。本人から直接話を聴きたいんだが」

 すると、兄さまがすかさず反論した。

「那智はちゃんと努力している。あんた達が来る前は俺とたくさん会話して、声を出す練習だってしているんだぜ? けど努力だけじゃどうにもならないことだってある。気合でどうにかなるもんじゃねえんだ。那智のこれは」

「坊主の担当医から心理療法をすすめていると聞いているが……坊主はそれを受けるのか?」

「なんだよ、調べたのか? べつに俺と会話できているし、いまは何も考えてねえよ。怪我の完治が優先だ。いっぺんに物事を進めても、那智の負担にもなりかねないしな。益田、俺じゃダメなのか? 事情聴取ってやつは」

「もちろん、下川の兄ちゃんに事情聴取を受けてもらうことには申し分ねえ。けどな、被害者である坊主にしか聞けない情報があるはずだ。坊主の事情聴取は欠かせない」

 益田警部はおれに視線を配る。
 それだけで喉の奥が引き攣ってしまった。おれだって受け答えしてあげたいんだけど、無理なものは無理なんだって。体が言うことを聞いてくれないんだから。

 おれはそっと視線を逸らす。
 兄さまと益田警部が会話を交わしている傍ら、病室の四隅で刑事の柴木刑事、勝呂刑事がひそひそと仕事のことを話している。
 ボールペンと手帳を持って会話している姿を見ていると、テレビドラマで見た刑事さんみたいで、ちょっと憧れてしまう。あの手帳には聞き込みした情報が走り書きされているのかな? 気になる。

 ……走り書き? ……あ!

 おれはベッドに横たわったまま、ゆっくりと腕を伸ばして、兄さまの服を握った。

「那智? どうした」

 不思議そうに見下ろしてくる兄さまに向かって、おれは刑事さん二人を交互に指さすと、手でペンを持って書くジェスチャーをした。
 察しの良い兄さまはおれと柴木刑事、勝呂刑事を見比べて、「ああ」と納得したように頷いた。

 そして益田警部に向かって話を切り出す。

「益田。事情聴取に筆談は可能か? それなら那智も受け答えできそうだ」
「筆談か」

 益田警部がふたたびおれに視線を配る。

「坊主。おいちゃん達と筆談ならいけるか?」

 うん、おれは小さく頷いた。
 声に出して受け答えすることは難しいけど、筆談なら多少は協力できると思う。