「兄さま。おれはね、ふたりで一緒に過ごす時が大好きなんですよ」

 視線を戻すと、那智があどけない顔で笑っていた。
 包まっている毛布を顔まで埋めて、「あったかい」と頬を緩ませている。そして繰り返す、「ふたりの時間が大好きなんです」と那智は繰り返す。

「誰かと一緒に過ごすよりも、ずっとずっと、兄さまと一緒にいる時間が楽しい。それはきっと、兄さまがおれの気持ちを聞いてくれるから。お願いを聞いてくれるから。おれを笑わせようとしてくれるからなんです。だから、おれもおんなじことをしたい。ふたりの時間がなにより楽しいと思えるようにしたい」

 那智は言う。
 兄の言う、ふたりだけの世界に閉じ込められている、と思ったことはない。
 自ら望んでこの世界にいる。兄といる日々が楽しいと、何をしてもしあわせだと思えるくらいに、自分はこの世界が大好きだから。周りがどう思おうと知ったことではない、と。

「おれは兄さまみたいにアタマが良くないから、うまく言えないんですけど……おれもね、兄さまの一番でありたいんです。兄さまがおれの一番でありたいと思うように。だから、兄さまの言う世界におれを置いてください」

 そして、たくさん我儘を言ってほしい。
 兄の願いを叶えたい自分がいるのだと、那智はたどたどしく、けれど真摯に気持ちを伝えてきた。
 いつの間にか心が本調子を取り戻しているようで、イマジナリーお母さんに怯える姿は消えていた。

(……お前はばかだな。那智。ほんとうに、やさしくてばかだよ)

 幼い弟は俺の歪んだ感情の重さを、きっと全部理解しているわけではないだろう。受け止め切れない感情の重さに耐えかねて泣いてしまうかもしれない。
 いや、むしろ分かっているのかもしれない。
 分かったうえで、那智は俺の一番でいたいから、だから願いを叶えようとしてくれているのかもしれない。

 幼いと思い込んでいるのは俺の方で、那智は見た目以上に成長しているのかもしれないな。

「お前には敵わねーよ。那智」

 俺は力なく弟に笑うと、小さな頭を撫でながら、我慢しようとしていた欲を那智にぶつける。