【６】


「よう。下川の兄ちゃん」

　まさか益田に会うとは思わず、顔を顰めてしまう。
　長椅子で缶珈琲を飲んでいるオッサンは、どこをどう見ても俺を待ち伏せていたとしか思えねえ。あの騒動から、既に三時間以上経っているのに。
　あれか、職業柄待ち伏せ張り込みはお手の物ってわけか？　俺がここに来るとも限らないっつーのに、ご苦労なこった。

　片手を挙げて挨拶をしていくる益田を流し目にして自販機の前に立つ。
　俺はブラックにするとして、那智の分も買っておくか。リンゴジュースでいいかな。

「坊主の様子はどうだ？　ずいぶんと気が動転してたようだが」

　五百円玉を投入口に押し込む。
　無視しても良かったんだが、益田のことだ。俺に用があって待ち伏せしていたんだろう。無視したところで無駄な足掻きだと分かっていた。

「薬が効いて、いまは大人しく寝てる」

「いつも、ああなのか？」

「まあな。今日は少し酷かったが」

「腕、ひどく引っ掻かれてるじゃねえか。手当ては？」

「いらねえ。慣れてる」
「へえ」

　なんだよ、その意味深長な目は。うそは言っちゃねーぞ。

「柴木と勝呂はいねーわけ？　あんたの部下だろ」

「仕事を押し付けてきた。刑事は基本、足を使う職業だからな。そういう仕事は若いモンに任せるって決めているんだよ」

　座れ、と言わんばかりに隣を叩いてくる。
　やっぱり来ると思った。
　那智の分のリンゴジュースを買った後、益田と距離を開けて座る。

「手短にな。那智のところに早く戻ってやらねぇと」

　持っていた缶珈琲のプルタブに指を引っ掛ける。

「お前さんが弟を面倒看ているのか」

　人の話を聞けよ。
　たった今、手短にって言ったじゃねーか。
　これまた、長くなりそうな話題を吹っ掛けてきやがって。

「それがどうした」

「おいちゃんは微笑ましいと思っただけだ。兄貴はしっかり者だねえ」

「なにぶん、親がクズだったもんで」

　それに俺は那智の面倒を看ることに対して、苦労を感じたことはない。
　あいつは、何をするにしても俺の後ろを追い駆けて来る。それがとても可愛くて意地らしい。目に入れても痛くないと思うほどに。

「お前さんの母親と連絡がつかなくなっている」

　缶珈琲を半分ほど飲み干す。
　不思議なほど味がしなかった。おかしいな、濃いめと表記されているのに。

「家に居ないってことか？」

「重要参考人としてお前さんの母親に事情聴取をする機会を窺っていた。坊主の事情聴取をある程度片した後に足を運ぼうと、勝手ながらお前の実家に行ったんだが……郵便受けに数日分の新聞が溜まっていた。家の中で誰かが生活をしている風でもなかった」

「ふうん。息子が事件の被害者になったことで、さっさと逃げたのかもな」

「かもしれねーな。マスコミって奴は人の不幸事を根掘り葉掘り調べて、記事をおもしろネタにするのがお得意だから。あいつらにとってはうまいだろ？　通り魔の被害者がじつはストーカー被害者で虐待歴を持つ少年なんざ」

　おいおい、お前はそれでも刑事か？
　そう、ずけずけ言われるとは思わなかったんだが。