「坊主の兄ちゃん。その子から話を聴かせてほしい。おめぇらのことを、この事件を、もう誰も笑わせねぇと約束する」
んなの誰が信じるかよ、だれが。
そう思っても、内なる冷静な俺が落ち着けと、手前には限界があるだろうと問いかけてくる。
確かに警察の世話になるなんてまっぴらごめんだ。警察を頼ったから、こんな悲劇が起きたと言っても過言じゃない。自分ひとりで弟を守るべきだと今も現在進行形で思っている。
とはいえ手前を過信する気もねえ。警察と比べた俺なんざ、所詮一般人で事件にど素人野郎。何をどうすれば、最善の策で弟を守れるのか、ちっとも分からない。
感情的に怒れて、益田達を追い返すことは簡単だ。
けど、それで終われるほど、この事件は甘くねえ。犯人の得体も知れてねえのに、どう弟を守れる?――分かってる、十分にそれは分かっている。弟を守るための情報が、俺には足りねえ。
だから。
「ひとつ条件がある」
俺は益田に条件を出した。
「那智と接触する時は、必ず俺を通せ。俺の目を盗んで、弟と接触することだけはぜってぇ許さない」
「約束しよう。兄ちゃんの許可なく弟と接触しない」
「適当に振る世間話すら、俺は許す気ねえからな」
「ああ、分かった」
益田はおおよそ、俺の醜い嫉妬心と独占欲を見抜いているのだろう。
それでもなお、真摯に条件を呑んでくる。それが建前なのか、誠意なのか、ど素人一般人の俺には見抜けなかった。ただ醸し出す雰囲気で約束を守る姿勢は感じられた。
俺はぶっきら棒に「さっさと終わらせろよ」と言って、倒したスツールを起こすと、自分の着ていた上着を那智の肩に掛けてやる。
始終、様子を見守っていた那智の小さな頭を撫でてやると、不安な目を向けられる。
「大丈夫。兄さまが傍にいるから」
那智は間を置いて、首を縦に振る。その眼差しから不安が消えることはなかった。
俺の許可を得た益田達は、さっそく那智に事情聴取を始める。
とはいえ、那智は手術を終えて日が浅い。ゆえに手短な質疑応答で済ませると前置きをした。
だが、いざ事情聴取が始まると那智はかたく口を閉ざしてしまった。
手始めに名前を聞かれても首を横に振るばかり。顔面蒼白に俺の手を握って下唇を噛み締めてしまう。
それが可愛い、じゃねえ、まずったな、と思った。
(那智は人見知りだ。受け答えできる人間は限られている)
そこに見知らぬ人間から刃傷事件を起こされた。
言うまでもなく、那智は痛いと怖いの両方を味わった。
人見知りと恐怖心が合わさったせいで、刑事に口を開けなくなっているんだろう。こりゃ事情聴取にならねえな。