【5】
那智が目覚めたことで、俺のささくれ立っていた気持ちが、少しだけ落ち着きを取り戻す。
初日こそ口を利くことが難しかった弟だけど、日を跨ぐと会話ができるようになった。
長時間しゃべると腹に響くようだが、それでも俺と積極的にしゃべろうとしてくれる。たぶん、やつれた俺に思うことがあったんだろう。
ただ食欲は皆無で、どろどろの重湯を食べきることができずにいた。
日が経ち、お粥に切り替わっても、それを完食することは難しい。頑張って食べようとしているんだが、半分まできたところでギブアップしてしまう。
その代わり、オレンジジュースを差し出すと、すすんで口に含む。飲み切れなくても美味しそうに飲んでくれる。甘味が大好きな那智だからこそ見れる姿に、俺はホッと胸を撫で下ろした。
少しずつでもいい。食欲を取り戻してくれたら、兄さまは嬉しいよ。
「おれ、刺されたんですよね……」
那智は刺された当時のことを、よく憶えていないそうだ。
気付いたら、腹に燃え上がるような激痛が走り、膝を崩して悶えていた。だから犯人の顔はまったく記憶にないと、俺に語ってくれる。
「もし、憶えていたなら、逃げた犯人の手掛かりになったのに。おれが一番、顔を目撃できる可能性があったのに。ごめんなさい」
そう言って謝罪する那智に、俺はかぶりを横に振った。
今回の事件はお前のせいじゃない。那智は完全なる被害者だ。どこにも非はない。
責められるべき人間は犯人と、ストーカー被害を嘲笑った警察だ。あいつらだけは絶対に許せない。特に、お前に傷を残した犯人は見つけ次第、見つけ次第……。