「その、兄貴は今どこに」
「手術室の隣にある、家族待合室にいます。正直、今のあいつは何も答えられないと思いますよ。本当に気が動転していたので。友人が傍にいますが……」
早川が指す友人、佐藤優一と連絡が取れたのは、被害者の手術が終わって数時間経った後の話だった。
「俺が那智くんの応急処置をしました。治樹は動揺していたんで」
佐藤は早川と合流し、益田達の事情聴取を受けてくれた。場所は警察署。疲れと飢えを訴えた佐藤の希望により、弁当を食べながら話を聴くことになる。
「犯人の顔? 憶えてないなぁ……止血することで頭が一杯だったんで」
それが功を奏したのかは分からないが、被害者の手術は無事に終わった。
しかし、被害者はもちろんのこと、その兄の情緒が極めて不安定になっていると佐藤は苦言した。手術中も、それが終わってからも、まったく口が利けずに震えていたと語る。
「そんなに仲が良いのか」
益田が疑問を投げると、佐藤は数拍間を置いた。
「たぶん、あいつにとって大切な存在なんだと思います」
「家族なのだから当然の気持ちでは?」
所感を述べる柴木に、彼が目を泳がせた。
「俺、治樹と高校からの付き合いなんですけど……あいつ、両親と上手くいっていなかったんです。直接聞いたわけじゃないし、今日だって初めて弟がいるって知りましたけど。その、悪い噂が流れていましたから」
もったいぶる佐藤は、被害者の気持ちを考慮しているのだろう。
「あいつ、虐待されていたんです」
その言葉が出てくるまで、しばし時間を要した。
「毎日、火傷や痣を作っていたんです。それを知っていたクラスの奴等や教師は、治樹を避けていました。俺くらいじゃないかな。あいつに声を掛けていたの」
「お前さんは、なんで声を掛けていたんだ?」
「治樹に助けられたことがあったんで。それなのに、避けるのもアレでしょ?」
へらへらと笑って肩を竦める佐藤は、「ぼっちはつらいですしね」と、冗談を口にする。友人思いな彼は益田達に、一友人として頼んだ。
一連の事件は下川治樹の許可が下りるまで、両親に連絡をしないでほしい、と。
向こうだって連絡されたところで、我が子のために飛んでくるような親じゃないのだから。笑っている顔が、悲しそうな色に染まった。