「こ、こんなことが起こるなんて、ゆめゆめ思いもしなかったんですよ。刑事さん」
花屋の店主は顔色を青くし、涙を浮かべながら当時の状況を語った。
「那智くんは、私の店の常連でした。それはもう、植物を育てることが大好きな子で。とても人見知りが激しくて、学校にも行けていないようでしたけれど……それはもう良い子だったんです」
今日だって、慕っている兄とカモミールを育てるのだと嬉しそうに話してくれたのに。
「ああ、どうして、どうしてこんなことに」
姥心が痛むのだろう。店主は孫のことを話すように熱弁し、最後はおいおいと泣いてしまった。
「那智くんは直前まで、私とカモミールを選んでいました。お兄さんと育てるからと言って、より良いカモミールを選ぼうとしていたんです」
その店でバイトをしている、福島 朱美は苦い顔を作った。
「本当に突然でした。カモミールを決めて、お兄さんにそれを見せようとした瞬間、那智くんの懐に刃物を持った人が飛び込んで」
まるで嵐のような出来事だったと福島。
あまりにも突然だったため、誰も犯人の背を追えなかった。誰もが倒れた被害者に目を向け、血を流す少年を助けようと躍起になっていた。
彼女は静かに目を伏せ、小さな吐息をつく。
「貴方が救急車を?」
柴木の問いに、「いいえ」彼女は大学の知人が連絡を入れたと答える。
「じつは私、那智くんのお兄さんとちょっと顔見知りで。今日は彼の友人と約束をしていたんです。連絡は、その友人が」
総合病院の待合室に足を伸ばす。
救急車を呼んだ早川 浩二は、自分が救急車を呼んだと返事した。犯人像は覚えているか、と聞くと、彼は困ったように眉を下げ、かぶりを横に振る。
「長身だったってことは憶えていますけど、あとはまったく。キャップを深くかぶっていたので、顔は見えませんでしたし」
特徴としては、ネイビーのスプリングコートを着ていたことくらいだと彼。キャップの色を尋ねると、「黒だったような」曖昧に答えた。正直、犯人どころではなかったのだと唸る。
「下川の弟を助けるようと、みんな必死でしたから」
下川 那智。それが被害者の名である。