警視庁刑事部捜査一課。警部、益田 清蔵(ますだ せいぞう)は発生した事件により、たまの休暇を返上し、それの担当となっていた。今年で五十路となる彼は、内部ではそこそこ名の通った警部であった。

 部下の車に助手席に乗り、シートベルトを締める。
 カーナビから流れているニュース報道は『通り魔事件』、益田が担当する事件だった。痛ましい顔を作り、ニュースキャスターが茶の間に事件を伝える。被害者は中学二年生の少年。意識不明の重体。犯人は逃走中。

 部下の柴木 智子(しばき さとこ)がサイドブレーキに手を掛け、アクセルを踏む。走行を始めたカーナビに制限が掛かり、テレビは映らなくなった。

勝呂(すぐろ)が先に現場へ向かいました」

「事情聴取は?」

「数名、重要参考人になりそうな人間を確認できています。これから行う予定です。被害者のご家族も、現場にいたそうで」

 くたびれたスーツの胸ポケットから、煙草の箱を抜き取る。銘柄はマイルドセブン。片時も手放せない、益田の相棒だった。

「母親か?」

「いえ、情報によると兄だそうです。大学生だそうで」

 ならば、二十歳前後といったところか。

「世知辛い世の中だな。まだ十代前半の若いガキが被害に遭うなんて」

 火を点けた煙草をゆっくりと吸い、紫煙を吐き出す。
 職業柄、人が人を傷付ける事件は山のように目にしてきたが、被害者が子どもという事件に遭遇すると、いつも以上に胸が痛んでならない。
 まだ、社会も知らない青い子どもだというのに、大人の私利私欲で傷付けられる。聞くだけで耳が痛い。

「犯人像は?」

「詳細は不明です」

 淡々と答える柴木に、益田は現場に急ぐよう促した。
 人通りの多い大通りの一角に、立ち入り禁止のテープが張り巡らされている。
 それを跨いだ益田は鑑識官に声を掛け、軽く状況を聴いた後、事件現場となった花屋の前に立つ。当時の状況を物語る、生々しい血痕の後に目を細めた。見る限り、被害者の傷は深そうだ。

「凶器は出刃包丁。被害者の体内に刺さっていました」

 柴木が凶器の入った袋を見せる。まじまじと、それを観察した益田はひとつ頷き、花屋へ入る。