「お前らが福島に呼ばれたのは、俺を謝らせるためか? 説得させるための協力でも求められたのか?」
「さあな。ただお前のことを教えろって、しつこかったから、それに応じたまで。協力しろってなら、速攻で帰るぞ」
なるほどな。
早川は巻き込まれた側か。優一は面白半分に話を聞こうって魂胆だろう。
はあっ。こりゃ那智のストーカー被害をどうにかしつつ、こっちの件にも首を突っ込まないといけないようだ。さすがに俺の振りをされ続けるのは気分が悪い。
さて、早川と優一を呼び出した福島は植木鉢を運び終わると、カモミールを真剣に見比べている那智に声を掛けていた。より良いカモミールを選ぼうとする那智にアドバイスをしているようだ。見るポイントを教えている。
それを那智は熱心に聞いていた。
いつもよりも熱を入れて聞いているらしく、それに福島が笑うと弟は顔を紅潮させた。
「に、にぃさまと、育て……約束ぅ……です」
だから、良いのを選びたいのだと那智がはにかむ。ああ、もう、本当に可愛いなぁ俺の弟は。あいつがいれば彼女も、恋人も、なにも要らない。裏表ない那智が本当に綺麗だと思える。
その一方で、他人が汚く見えてならない。
「下川。高村を振った話、どうやらメッセージアプリを通してらしいぞ」
意味深長な笑みを向けてくる早川を一瞥し、「へえ」俺は意地の悪い笑みを返してやる。お前って本当に使える奴だな。俺に有益な情報をくれる、利巧な奴だよ。
そうか、俺はメッセージアプリを通して振ったのか。つまり、直接会って振ったわけじゃないってことだ。高村彩加に一度会う価値も出てきたな。
「なーあ。俺も話に入れろって。お前らばっか盛り上がってさぁ」
優一が飛びついてくることで、俺と早川の会話が途切れる。ったく、お前はどうしてそう、うぜえことばっかするんだ。はなれろ!
こめかみに青筋を立て、優一の体を押した時だった。
「兄さま。これにします。一番良さそうです」
カモミールを選んだ那智が立ちあがり、鉢植えを見せてきた。
満面の笑みに応える間もなく、俺の脇を黒い影が通り過ぎる。
それはネイビーのスプリングコートを身に纏った、長身の人間だった。深くかぶるキャップのせいで、男なのか、女なのか分からない。が、体格で男なのだと分かった。
凄まじい速度で通り過ぎたそれは那智の懐に入ると、右の手に突き出していた出刃包丁を刺した。
滴る真っ赤な水滴が、その持ち手を濡らし、弟の持っていたカモミールが手からすべり落ちた。福島の悲鳴が通りに響き渡る。