「兄さま」
那智も空気を読んだんだろう。
先にカモミールを見て来てもいいか、と許可を取ってくる。俺が頷くと、那智は早足で数メートル先の植木鉢へ向かった。
それを十二分に確認した後、俺は早川に視線を戻す。
「お前らは花を買いに? そんな柄には見えねえが」
「ここでバイトをしている福島に呼び出されてたんだ。お前のことで」
「あ、浩二。それは言ってもいいのか?」
「良いも悪いも、下川も当事者なんだ。一応報告しておくべきだろ。口止めをされたわけでもないし」
ふうん、俺のことで呼び出しを。
福島のことだから、周りから攻めていく作戦に切り替えたってところだろう。優一と早川に協力を求めようとしたのか?
「失礼します、お客さん方。前を通ります」
福島が大量の鉢植えを持って、俺達の前を素通りする。
一見、真面目に仕事をしているように見えるが、どうやら俺達の会話を盗み聞きしに来たようだ。こっちをチラ見してくる。ばればれなんだよ。
早川は話を続けた。
こいつも、福島に聞かれるのは承知の上なんだろう。
「福島に事情を聴いたんだが……あんまりにも下川らしくないと思ってな。お前、高村と連絡先を交換したそうじゃないか」
「そうなっているらしいな。俺の携帯に、高村って女の連絡先なんざ入ってねーけど」
携帯を取り出し、早川の前でアドレス帳やメッセージアプリを見せてやる。
連絡先を登録しているのは、まず那智だろ。父親だろ。実家だろ。バイト先と、ゼミ担当の講師。
あとは、あんまりにも教えろと煩かったから優一と、レポートのことで質問したい時のために早川。そんくらいだ。十にも満たない。
「少ないな」
「俺は滅多なことじゃ、他人に連絡先を教えねーからな」
納得したように、早川が相づちを打つ。
「お前はそういう奴だよ。だから変だと思ったんだ。下川が思わせぶりなメッセージを送っていたっていう……福島の話に」
「はあ? 冗談言うなって。俺は他人を好きにはならねーよ」
というか、好きになれねーよ。
思いっきり嫌悪感を出す俺の堪忍袋の緒が、いよいよ切れてしまいそうだ。好き勝手言ってくれるのは構わねーが、それにも限度がある。
俺の知らないところで、俺の振りをして、他人に好きですアピールをしている。聞くだけで耳が腐りそうだ。
俺には那智がいる。それ以外のものは何も要らない。心底思っているからこそ、俺の振りをする人間に苛立ちを覚える。