「アンタのせいで、彩加は病んでいるのに……那智くんの前じゃ責められないじゃない」
また、その言い掛かりか。
「何度だって言うが、俺は高村彩加って女を振った覚えはねえよ」
「本人がそう言っているのよ。連絡を取り合っていたって証拠もあるんだから」
間の抜けた声が口から零れてしまった。
「言い掛かりも大概にしろよ。俺の連絡先を知る人間は、ごく少ない人数に限られている。滅多なことじゃ、他人に連絡先は教えねぇよ」
「私は彩加から見せてもらったのよ。アンタと連絡を取り合った、そのメッセージを」
ますます訳が分からん。
連絡を取り合うもなにも、俺の携帯に高村彩加って女の連絡先は入ってねーぞ。
それなのに、メッセージを見たとか、そんなことを言われても『身に覚えがありません』としか言えねーんだが。
「兄さま。見て見て、これ、すごいですよ」
名指しされたことにより、話が打ち切られる。
カウンターへ歩むと、那智が雑誌のページを指さして頬を崩した。
「これ、ガーデニングで、不思議の国のアリスの世界を作っているんです。綺麗じゃないですか」
独特な世界観を醸し出しているガーデニングの良さに、俺はイマイチ理解ができないものの、すごいってことは分かる。綺麗だな、と那智に同調してやった。
すると那智が、いつか大きな庭を持ちたいと夢見た。こういうガーデニングをしてみたい、とのこと。
「そして晴れた日に、イスとテーブルを置いて兄さまとお茶をするんです」
まじか。那智は大きな庭を持ちたいのか。
じゃあ、良いところに就職して一軒家を建てねぇとな。
兄さまとお茶をしたい、とか夢を語られちゃあ頑張るしかねーだろ。
「ふふっ、那智くんはお兄さんが本当に好きなのね」
微笑ましそうに見守る店主の言葉に、那智が何度も頷く。
耳をすまさないと聞きとることも難しい小声で、「大好き」と返事した。弟にしちゃ頑張って返事した方だろう。
俺としても、自慢されて悪い気はしねぇな。
「サイテー男なのにねぇ」
これまた俺にしか聞こえない嫌味が聞こえてくる。これにはシカトだシカト。俺は何も聞いちゃねえ。
「那智くん。欲しがっていたカモミールが入荷しているの。外に置いてあるから、後で見てみるといいよ」
「あ、ぁ、ありが……と……ぃ……す」
たどたどしい那智のお礼に、福島が「いいえ」と微笑みを返した。面白くない光景だが、それ以上に引っ掛かるものを感じた。
それは那智がカモミールを欲しがっていることを知っている福島について、だった。
そりゃ花屋でバイトしているんだから、那智の欲しい植物は自然と知ることはできるだろう。が、タイミングがタイミングだ。
俺と福島が知り合った日は、那智がストーカーに追い駆け回された日。そしてストーカーが始まった日でもあった。これは単なる偶然か。