「兄さま。お友達ですか?」
先に息を吹き返したのは福島だった。素っ頓狂な声を上げ、那智を凝視する。
「な、な、那智くん。この人、君のお兄さん? いつも店長に優しいって自慢していたお兄さんって、この人? この前、トートバッグを買ってくれたお兄さんってこの人なの?」
後から息を吹き返した俺も、とんでも事態に声を上げ、那智に聞く。
「お、おい那智。この女と知り合いか? うそだろ? 冗談だろ?」
いっぺんに質問をされた那智はおろおろと俺達を見やり、頭上に疑問符を沢山浮かべてしまう。とても可哀想なことになっていた。
そこに店長らしき、ばあさんが現れ、那智の姿に頬を崩す。
「いらっしゃい。那智くん、お兄さんと一緒に来てくれたのね。ありがとう。そうだ、貴方の見たがっていたガーデニング本の見本が届いているんだけど見る?」
ゆったりとした口調のおかげで、場の空気は緩和した。
こくこくと頷く那智が、俺を見上げてくる。小さく腕を引き、一緒に見ようと誘ってきた。
「先に行っててくれ。兄さまも、すぐ行くから」
うん、那智がまた一つ頷いてカウンターの方へ。
その背を笑顔で見送った後、隣でしかめっ面を作っている福島を流し目にする。
「てめぇ。なんで此処にいるんだ」
「ここでバイトをしているからよ。なんで、那智くんのお兄さんがアンタなの」
うちの弟は店長に、やたらめったら兄の話をしていたようだ。来る度に優しいのだと自慢していた様子。それを店員の福島も聞いていたらしい。
「おとなしいけど、植物をお世話することが大好きな優しい子だって知っていたから、さぞお兄さんも素晴らしい人だと思っていたのに。世の中色々と間違っているわよ」
「うるせぇ。お前に言われる筋合いはねえよ」
「しかも、弟に『兄さま』って呼ばせているのね。いい趣味しているわ」
「はあ? それこそ余計なお世話だ。那智が好きで呼んでいるだけだ」
那智の兄貴に対する古風な呼び方は昔からだ。
俺が強制したわけでもなく、あいつの方から自然とそう呼ぶようになった。
べつに呼び方について問題視したことはないから、那智の呼びたいようにさせている。それこそ呼び捨てでも俺は構わない。