「那智。今からは花屋に行こうぜ。カモミールを買ってやるよ」

「ほんとですか!」

 現金な弟はころっと機嫌を直して、行くと元気良く答えた。ついでに一緒に育てようとねだられてしまう。
 いつもなら丁重にお断りするところだが、今回は特別だ。付き合ってやろう。

「しょーがねぇな。兄さまに、ちゃんとご指導しろよ?」

 那智はぽかんと呆けた顔を作る。承諾すると思っていなかったらしい。
 けれど、意味を理解した途端、目を爛々と輝かせた。

「はい! 帰ったら、兄さまに水のやり方を教えてあげますね!」

 そりゃもう、びっくりするほど那智は大喜びしてくれた。
 心の底から兄と植物の世話をしたかったようで、道中はずーっと葉っぱの知識を披露してくれる。饒舌も饒舌。俺は相づちを打つ暇しか与えられなかった。

 そんだけ嬉しいってことなんだろう。
 こういうところを見せてくるから、弟って可愛いなぁ、と思えるんだよな。そんなにも俺を慕っちゃってさ。こっちまで嬉しくなる。


 那智が行きつけとしている花屋へ行くため、警察署近くのバス停から、いつも利用する大学近くのバス停まで移動する。

 弟のお気に入りの花屋は、大通りの一角にある。
 アパートの近くにも花屋はあるんだが、那智曰く、その店の店員さんが一番優しいらしい。

 他人と話すことを苦手としている弟は、言いたいことを言えず、だんまりになってしまうことが多い。
 それが場合によっては、人を苛立たせる原因になる。顔色を窺うことを得意とする那智は、それによって、もっとテンパってしまい、話せなくなってしまう。

 けど、そこの花屋の店主は穏やかなばあさんで、那智の言いたいことを辛抱強く待ってくれるそうだ。
 また、言いたいことを察して、あれこれ聞きたいことに答えてくれるとか。

 だから那智は大学近くの花屋でしか植物を買わないそうだ。
 那智の性格だと優しく相手をしてくれる人間の方が接しやすいだろう。俺の前じゃ、めちゃくちゃおしゃべりなんだけどな。


【Flower Life】

 そう英語表記された店に来た俺は、那智に腕を引かれ、半ば強引に店内に入る。軽快な若い女店員の挨拶が鼓膜を震わせた。

「あら、那智くんじゃない。店長を今……は? 冷血男」

 若い女店員が、あろうことか客を冷血男だと罵る。なんか聞き覚えある、あだ名に俺も顔を引きつらせてしまった。まさか。

「な、ナナシ女……」

 俺に言い掛かりをつけてきた、あの福島が店員として花屋にいた。物の見事に固まる俺と福島を交互に見やり、那智が首を傾げる。