「弱い兄さまでごめんな」
兄さまはいつだって賢い人だ。
あの過酷な環境からお母さんの支配を崩すために、虐められながらも反撃の機会を辛抱強く窺っていた。ここぞと狙う、その瞬間まで必死に耐えながら、おれを守ってくれた。
「ほんとうに、ごめん」
兄さまはいつだって利巧な人だ。
どうすれば、自分達兄弟が幸せになれるのか、それを計画的に考えてくれた。理想を、ただの絵空事にするんじゃなくて、現実に見合った生活を手に入れようと奮闘してくれた。それが、いまの生活だ。
「どうしても、ひとりは嫌なんだ」
兄さまはいつだって弟のことばかり考える人だ。いつだって、おれのことばかり。
「普通の幸せってなんでしょうか」
これ以上、兄さまの謝罪を聞きたくないおれは、頭の良い兄に聞く。
普通って、それに伴う幸せって、なに?
「それは、楽しく学校に行けることですか。それとも、お友達を作って遊ぶことですか。好きな女の子ができることですか。新しい家庭を持つことですか」
なにが普通で、なにが普通じゃないのか。馬鹿なおれには判別がつかない。
「今、おれは学校が怖いです。人見知りが激しくてお友達も作れません。女の子としゃべることもできない。彼女なんて夢のまた、遠い夢です」
こんなおれは、世間的に見たらどう思われるんだろう。
いくじなしの人間だと笑われるんじゃないかな。一般的な普通の幸せなんて、なにひとつ送れていないよ。
「それでも、おれは兄さまと暮らす今が、すごく幸せです」
暴力も罵声もない、穏やかな毎日。植物を育てて、それを兄さまに報告すること。料理を作ってあげること。家事をすること。買い物で得したこと。小さな出来事を話せる毎日がここにはある。それがどれほど大切で、綺麗なものなのか。
はじめて見て知る外の世界は、喜びよりも、恐怖が大きいけれど、兄さまと二人だから何となくやっていける。おれ一人だと、きっと外の世界で野垂れ死んでいるんだと思うよ。