「とにかくだ。那智、お前はしばらく家を出るな。犯人はお前の行動を、ある程度把握している。一人はあぶねえ」
写真から顔を上げた兄さまが注意を促してきた。
落ち着くまでは、そうした方がいいんだろうなぁ。
さすがに、今日の明日で外出する気分にはならない。牛乳くらいなら買いに行ってもいいけど……警察に相談するべきなのかも。ただ、兄さまの様子を見ていると、その線は考えていなさそう。兄さまは他人の次に、警察を信用していないから。
「兄さま。明日はバイトです?」
「心配するな。明日は俺も家にいるから」
たぶん、明日は大学もバイトもある日だろうに、兄さまは当たり前のように家にいると言ってくれる。
本当に兄さまは弟に優しい。弟に甘すぎるところがあるのが長所であり短所かもしれない。じつの弟のおれが心配してしまうくらい、兄さまは弟思いだ。
「念のために防犯ブザーを買うべきか。はあっ、どこの変態だよ。那智を隠し撮りするなんざ」
「撮るなら、ちゃんとお金を払ってほしいですよね」
ついでに撮るなら綺麗に撮って欲しい。この写真なんて半目になりかけているじゃん。
「お前なぁ。そういう問題じゃねえだろ」
的外れな主張に兄さまが、半ば呆れたような顔を作る。
「モデルさんだって、写真を撮らせるのにお金を取るんでしょ? なら、おれにだって同じ権利が与えられてもいいと思うんです。一枚千円は取りたいところなんですけど」
普通は知らないところで写真を撮られることに、何かしら恐怖するものなのかもしれない。
でも、写真くらいどうってことないってのが率直な感想だ。写真を撮られたところで、痛いことをされたわけでも、苦しいことをされたわけでもないしね。あの地獄を経験しているからこそ、おれの感覚が狂っているのかも。
「あと、この写真に不満があります」
「不満?」
「兄さまと写っている写真が全然ないってところです! 仮にも、おれのストーカーさんなら、もっとおれの好きなことを調べておくべきですね」
世界で一番好きな人に笑い掛けると、「呑気な奴だな」と言って、兄さまがおかしそうに頬を崩した。呑気な発言に、少しでも笑ってくれたのなら、おれも嬉しいや。