「治樹。あんた、誰の許可を得て、そいつを庇っているんだよっ!」
熱されたアイロンを手の甲に押しつけられた。
悲鳴が口からほとばしることで、俺の下にいた弟が目を開けた。軽く気を失っていたようだ。おおかたアイロンを頭に叩きつけられて、意識を飛ばしていたんだろう。
俺の悲鳴に意識が覚醒し、血相を変える。
「にっ、にいさま」
泣きそうな声で『兄さま』と呼ぶ、そいつこそ俺が唯一信じられる家族。六つ年下のかわいい弟、下川那智だった。
「だめ、兄さま。お母さんに逆らわないで。どいて下さい」
腕の中で身じろぎ、どうにか抜け出そうとする弟に小さく微笑む。
ばかだな、お前が傷付けられると分かっているのに、なんで退かないといけないんだよ。俺はお前の兄さま。弟を守ってやらねーでどうするよ。
「那智。だいじょうぶ、だいじょうぶ」
兄さまが帰ってきたんだ。
お前はもう、痛い思いをしなくていいんだ。だいじょーぶ。
「母さん。那智を許してやって下さい。罰は俺が受けますから」
なにがどうして、那智が暴力を振るわれているのか。そんなことはどうでもいい。
どうせ、母親の理不尽な怒りをぶつけられて、ストレス発散の道具にされているだけなんだろうから。俺達兄弟は、そうやって暴力を振るわれながら生きてきた。
「那智はまだ小さいんです。だから」
許しを乞うと、母親はそれを盾突いた行為としてみなした。
いやいや、なんでだよ。
『お願いだから許してください』が、どうして母親に逆らったと思われなきゃいけねーんだ。意味不明なんだけど。
おかげで、怒りの矛先は俺に向き、そのアイロンも暴言も暴力も全部叩きつけられた。痛みに恐怖がないわけじゃないけれど、それ以上に那智を守れたことに俺は安堵する。
こいつを奪われたら、俺の生きる理由も意味も存在も、何もかも無くなっちまうから。