「それだけアピールしたかったんですよ。目立ちたかったんですって。怖がるおれを見たかったとか」

 世の中には、理解ができない性癖を持つ人間もいるしね。

 おれのお母さんだって、その昔、小さかったおれと兄さまの前で知らない男の人とエッチしているところを見せつけてきたよ。あの気まずさといったら……思い出したくもない。

 お母さんの恋人にいたずらされた夜もあったんだけど、あの時もおれが小学生だから滾るとか、なんとか言って真っ裸にされた。小学生の裸の何に興奮するのか……いま思い出しても理解ができない。うん、性癖って十人十色だと思う。

「那智が一人暮らしをしているなら、その線もありだろ。が、残念なことに俺がいる。こんなことをしたら警戒されるなんざ、ばかでも分かるじゃねーか」

 うぐぐ。
 ホームズにワトソンは言い返す言葉も見つからないんだけど。少しはおれも、兄さまみたいに賢く推理してみたい。

「ならなら。兄さまと二人暮らしだってことを知らなかった、とか?」

「んなわけねーだろうが。写真の中に俺が写っているのもあるし、那智をストーカーしているなら、自然と俺の存在だって知るはずだ」

「犯人は後先考えないオマヌケさんだったんです。勢いだけの人だったんですよ!」

 おれの推理にホームズはやや困ったように笑う。

「だったら那智を追い駆け回した時点で、御用となっていただろうなぁ」

 ワトソン撃沈。迷推理だったみたい。兄さまに張り合ってみたけど、物の見事に玉砕……分かっていたよ、ホームズ兄さまに並ぶ推理なんて、おれにはできっこないことくらい。

 ちょ、ちょっとカッコイイと思って真似してみただけなんだ。刑事ドラマモノとか観ていたら、ずばっと推理していたから、おれもやってみたいなって……。

 兄さまに感心されたい気持ちは、あー、ほんの少しだけあったけど。

「これじゃ、まるで【犯人に警戒してください】って言っているようなもんだ」

 写真の一枚を手に取った兄さまの眉がつり上がる。苛立っているのか、おれの手を握る力が強くなった。

(兄さま、また不安に駆られている……)

 虐待を受けていたおれ達には、一生消えないであろうトラウマが心に残っている。

 おれのトラウマはお母さんだ。
 お母さんは暴力的な人だった。気の弱いおれにとってお母さんの『暴力』はなにより怖かった。それこそお父さんの冷たい目よりも。怒鳴ってきたり、引っ叩かれたり、煙草の火で根性焼きをしてきたり……今も思い出すと体が震えてしまう。

 対照的に兄さまのトラウマは独りになること。

 おれには生まれた時から、兄さまという強い存在がいた。
 けれど、兄さまには誰も味方がいなかった。おれが生まれるずっと前、兄さまはお母さんの暴力に耐えかね、近所に助けを求めたことがあったらしい。一時は警察沙汰になったけど、結局助けてもらえなかったんだって。

 絶望した兄さまはその時から、他人は汚い。口ばかり。綺麗事を言う。ちょっとしたことで簡単に他人は裏切ってくるものだし、簡単に他人を信じてはいけないものだと思うようになったそうだ。

 兄さまはいつも、おれに味方でいてほしいと頼んでくる。
 その裏には、悲しい思い出が傷として残っている。

(誰も味方になってくれないって、どんなにつらい世界だろう)

 そしてひとりぼっちだと知った世界は、どれほど寂しいものなのだろう。