「お前。その後、どうした?」

「その後? 謝りました。道が分かる分からない以前に、答えられそうになかったんで」

「違う違う。男と別れた後だ。家に直行したのか?」

「いいえ。買い物が終わっていなかったので、スーパーに行きました。それから……あ」

 おれは思い出したくないことを思い出し、顔を顰めてしまった。でも、言わないと、兄さまが不安がるだろうから包み隠さず話す。

「その……迷子になりました」

「はあ? なんで。お前、近所のスーパーに行ったんだろ?」

 素っ頓狂な声を上げる兄さまが、真ん丸に目を見開いた。当然の反応だと思う。

「じつは、同級生と顔を合わせそうになって」

 おれのクラスの人なのかは分からなかったけど、持っている鞄で同じ中学に通う生徒なんだと気付き、頭がパニックになった。
 もし、顔を合わせれば、悪夢の体育の時間のように何か言われるんじゃ……それが怖くこわくて、おれはスーパーマーケットから飛び出した。

「……気付いたら、知らない団地にいました」

 無我夢中に走った結果が迷子なんて本当に笑えない。幸い、携帯を持っていたから、マップのアプリを起動させて、自分の位置を把握することができた。

「そこは図書館近くの団地でした。だから、一度図書館に戻ったんです」

 走り疲れたおれは気を落ち着かせたい意味も込めて、また図書館に入り、三十分ほど座っていたという。
 このことを兄さまに話しても良かったんだけど、どうしても同級生のことは思い出したくなくて、おれは無かったことにしたんだ。

「那智。あの写真の束、拾ってきてもいいか?」

 なにか引っ掛かりを覚えたんだろう。兄さまがおれに許可を取ってくる。
 あれを捨てたのは、思い詰めていた兄さまの顔を見たくないからであって、べつに思うところはない。おれは頷いた。

「わっと!」

 勢いよく立ち上がった兄さまが、ゴミ箱へ向かう。おれの手は握ったまま。畳の上に滑り転がってしまう。それだけ兄さまの力が強かった。
 ああ、しかも引きずられるし。ちょっと待って下さいよ。せめて立たせてくださいって。

 ゴミ箱からビニール袋を拾った兄さまは、それを破って紙袋を出し封筒を手に取る。そして一枚いちまい、丁寧に写真を観察した。

「写真の中のお前は、どれも私服を着ているな。制服の写真が一枚もねえ」

「兄さまも知っているでしょ。おれが学校に行けていないこと」

 制服を着る機会なんて、それこそ保健室へ登校する時くらいだ。

「ああ。だからこそ、これらの写真は分かりやすい。どれもごく最近、撮られた写真だな」

「なんで分かるんです?」

 丼を端にずらし、兄さまが写真を並べていく。
 スーパーで買い物をするおれに、玄関前を掃除するおれ。図書館で勉強するおれに、道を歩くおれ。自分で言うのもなんだけど、これが最近撮られたって確証は持てないよ。