【2】
普段の兄さまは、本当に頭が良くて、腕っぷしもあって、頼り甲斐があって。
それから、えーっと……背が高くて、顔もお父さん似でカッコイイ! ……お父さん似はだめか。兄さまのコンプレックスだから。端正な顔でカッコイイんだけど。
とにもかくにも、兄さまは非の打ち所のない完璧人間だと思う。
周りからは性格が最悪だと言われているみたいだけど、弟のおれには、すごく優しいし、甘えさせてくれるし、いつも気が利くことをしてくれる。やっぱり完璧な人だと思える。
だけど、それは表向きな話。
本当の兄さまは、とても繊細な人だ。
一たび、情緒が不安定になると、迷子になった子どものように怯えたり、喚いたり、ぐずったりする。
二人暮らしが始まってから、それが顕著に出るようになった。
きっと、お母さんという敵がいなくなったせいだと思う。
実家にいた頃は、絶対に親に弱いところは見せちゃいけないと気を強く保っていたんだろうなぁ。
おれは泣き虫毛虫だから、すぐに泣いちゃっていたけど、兄さまは滅多なことじゃ泣かなかったし。
敵がいないお部屋にいる今、情緒不安定になった兄さまはおれに駄々を捏ねていた。
「那智。手」
「いまラーメンに入れるお野菜を炒めているんですけど」
「嫌だ。手」
足元に座る兄さまが手を繋いでほしいと甘えてくる。
願いを叶えるために、フライパンを持っていた手で兄さまの手を握ると満足したのか、テレビの画面に目を向けておとなしくなった。
「那智。ノド渇いた」
と、思ったら、また甘えてくる。
「何が飲みたいです?」
火を止めて視線を合わせると、兄さまはちょっと考えた素振りを見せ、「牛乳」と答えた。
今からラーメンを食べる旨を伝えても、牛乳の一点張り。
まんま幼児だ。いつものことだから、その頭を撫でて、兄さまを立たせると冷蔵庫へ向かう。
コップに注ぎ、それを差し出すと「那智は?」
うんっと……今日のラーメンは醤油だから、あんまり牛乳をお供にしたくないんだけど。
「那智も牛乳を飲もう」
背丈の高い兄さまに純粋な目で見下ろされると、返す言葉も出ない。