他人が他人を慰め、労わり、支え合う世界。
 そんな世界のどこかで裏切りや、弱者いじめ、捨てられる愛情がある。他人を信用できない俺にとって、あまりに偽善な世界に見えて仕方がない。
 偽りの世界は不必要なんだ。変わりなく慕ってくれる俺を裏切らない弟と、いっしょに生きていく、この世界だけが俺の生きる世界なのに。

(ああ、那智を奪われたら俺は……孤独な世界に放り込まれるくらいなら、今ここで弟の首を絞めておきたい。そしたら、那智はどこにも行けやしない)

 それは、まぎれもなく俺の歪んだ本音だった。
 狭くなった視野をいつまでも睨んでいると、小さな手が背中を擦ってきた。
 いつの間にか息を詰めていたようだ。こわばった体に力を抜き、ぎこちなく視線を落とす。那智が心配そうに、俺を見つめていた。

「兄さま。大丈夫?」

「あ、ああ……頭に血がのぼっていただけだ。なんでもねーよ」

 頭を軽く叩き、誤魔化すように写真へ目を落とす。
 ばかやろうが。冷静になれ。今、不安に駆られているのは那智じゃないか。不審者に追い駆け回された挙句、こんな写真を送られたんだぞ。怖くないわけがないはずだ。
 俺は那智の兄貴なんだから、しっかりしねーと。

 と、那智が俺の手から写真を奪った。

 目を瞠る間もなく弟は写真をかき集めると、それを封筒に戻す。クソッタレなメッセージカードを入れ込んだ後、紙袋に突っ込み、上の口を塞ぐように折り畳んだ。
 そして手際よく二重、三重にビニール袋を重ね、あっという間にゴミ箱へ放った。今頃、那智が欲しがっていたカモミールも、あの袋の中で萎れていることだろう。

「おい、那智」

 突拍子のない行動に戸惑ってしまう。
 さすがに、隠し撮りされていたとはいえ、弟の写真を捨てられると、兄として思うこともあるんだが。せめて細切れにしてから捨てるとか、なんか対処しておかないと個人情報問題ってのが、このご時世にはあってだな。

「兄さま。おれにカモミールを買ってください」

 屈託ない笑顔が向けられた。

「おれは、兄さまが買ってくれたカモミールじゃないと嫌です」

 あれは他人が贈ってきたカモミール。自分には不要なものだと、那智が照れくさそうに目を細めた。

 それだけで分かる、弟のやさしい気持ち。
 こいつは気付いているんだ。俺の不安に。俺のわがままに。俺の、傍に居て欲しいという、その奥の奥に眠っている醜い欲に。
 当たり前のように、那智はその欲を叶えようとしてくれている。

「もっと、おれに言っていいんですよ。兄さま。そりゃあ、頼りないし、頭も良くないけど……守られてばっかりですけど……」

 呆然とする兄貴の両手を取り、「傍に居たい気持ちは一緒です」と、また一つ笑声をこぼした。泣きたいような、叫びたいような気持ちに駆られる。