「人違いじゃねーの? 一昨日は直でバイトに行った」
「あくまで憶えていないってシラを切るのね。ほんっとサイテー」

 呼び鈴が鳴ってくれたおかげで、その女は捨て台詞を置いて席に戻って行く。
 訳が分からん。なんで、身に覚えがありませんって言っただけで、最低呼ばわりなんだよ。まずお前は誰だ。名乗ってから、話を進めろ。

「……えらく恨まれていたみたいだな」

 気の毒そうに視線を流してくる早川に、俺は肩を竦め慣れていると答えた。こんなの、あの頃に比べれば屁でもないさ。近所の冷たい目に比べれば、痛くも痒くもない。

 ただ、言いがかりをつけられても困る。一昨日は告白どころか、他人と会話をした覚えがないのに。なんだか、気味が悪いな。

(高村彩加に、オトモダチのために動く変な女ねぇ)

 友達とやらが泣いているから、正義感を振りかざしている女に、俺は偽善者だと鼻で笑いたくなった。
 他人が泣いていたからって、所詮他人事だろうに。高村の代わりに、あいつが怒っている意味ってなんだ? 俺には爪先も理解ができない。


 変な女のこと、ナナシ女は講義が終わると、また俺に突っかかって来た。

 とにかく高村彩加に会えとうるさい。
 おおかた、その女に頭を下げろってことなんだろうけど、俺は告白された覚えもねえし、振った覚えもねえ。仮に告白されたところで、振っているとは思いますが?
 まあ、今回は本当に振っていないから、行ったところで時間の無駄だ。シカトを決め込んだ。

 しかし、ナナシ女は粘着質が高い。講義が終わるごとに必ず姿を現す。まるでストーカーをされている気分だ。

 すべての講義が終わる頃には、すっかり疲弊してしまった。しつけえ。

「おい、ナナシ女。お前はどこまでついて来るんだよ」

 校舎を出てバス停へ向かっている、この間も俺はストーキングされていた。
 振り返れば、ジト目で睨みを飛ばしてくる女が一匹。どこで俺の情報を得ているんだよ。行くところ行くところ、姿を現しやがって。ホラーか。