「ええっ? 治樹、なーんで浩二とは、普通に話すんだよ! 俺にはシカトかましたくせに!」

 ここで優一が抗議をしてくる。んだよ、うるせーな。

「佐藤。代わりに教えてやるよ。お前の場合、押し売りトークで疲れるんだ」

 まったくもってそのとおりだ。早川はよく分かってやがる。

「そんなのってねーよ。高校からの付き合いなのにぃ!」

 引っ付いてくる優一に拳骨をかましておく。どんな関係だよ。気色悪い。
 鼻を鳴らして、閉じていた新書を開く。授業が始まるまで、あと五分ってところか。それまでに一ページは読んでしまいたい。


「――ねえ、あんたが下川?」


 おいおい、今日は厄日か?
 なんで朝っぱらから、次から次へと他人に声を掛けられねーといけねえんだよ。声からして女っぽい。じゃあ、俺の知る人間じゃねえな。無視だ。

 聞こえない振りをして、羅列している文字を目で追っていく。
 あっという間に奪われ、半ば強制的に閉じられてしまった。相手にしろってか?
 仕方がなしに顔を上げると、そこには薄化粧をしている、まあ、可愛い服装っつーの? 今時の若者が好みそうな格好をしている、茶髪の女が仁王立ちしていた。誰だよ。

「ちょっと面貸しなさいよ」

 しかも喧嘩腰。
 いや、だから誰だよお前。なんか、めんどくせぇ臭いがするぞ。
 こういう場合、シカトを決め込んでも吠えられるだろうから、答えるのが正しい判断だろう。

「却下。俺はお前を知らない」
「そう。私も貴方を知らない。でも、こう言えば身に覚えがあるんじゃない? 私は高村彩加(たかむらあやか)の友達よ」

 高村彩加。高村。彩加。
 たかむら、あやか?
 智恵子抄を書いた奴か? そりゃ高村光太郎だ。


 一人漫才もほどほどに、俺は首を傾げた。


「まじで誰だ。記憶にねーんだけど」

「……あんたが、どれだけ最低な人間かってのは分かった。取りあえず、来てくれる? あんたのせいで、彩加が泣いてばかりなの。あんた、一昨日彩加を手ひどく振ったでしょ?」

 その言葉に優一が好奇心を向けてきた。

「治樹、告られたの?」

 それはそれは、他人の恋愛を面白いネタとして見たようだ。

「まあ、治樹の顔は良いからな。性格は最悪にあれだったけど、顔だけなら人気だったよ。これまじな話」

 それはさておき、振ったっけな。告られたっけな。そんなことあったかな。

「高村は貴方とゼミで一緒の子よ。よく話し掛けていたはずよ」

 女が睨みを飛ばしてくる。
 俺は記憶を巡らせ、高村彩加という人間を思い出そうとする。ああ、そういえば、ゼミになるとレポートだの資料だの書き方だの、話を振ってくる女がいたな。

 答える分には害がないと思って、適当に返事をしていた覚えはある。名前までは記憶になかった。
 そいつに告白されたっけ。一昨日の話だろ? 俺は講義後、バイトに直行したはずだが……高村って女に話し掛けられた記憶もねーし。