「よっ。佐藤。下川も一緒か」
また一人、俺に話を掛けてくる男が出てきた。眩暈がしそうだ。
そいつは優一の友人で、名前は早川浩二。登山サークルで知り合ったそうだ。
他人に興味のない俺がどうしてくだらない事情を知っているのか? そりゃ隣の馬鹿がべらべらと話してくるせいだ。同じ話を何べんもしてくる優一のせいで、忘れたくても忘れられない。
ただ、早川は優一と違って話す分には害がない。
それは、こいつが空気を読んで必要最低限のことしか、俺に話題を振らない。また話しかけてくる場合は、有益な話題を振ってくることが多い。
「下川。来週締め切りの社会経学のレポートなんだが。明日にでも、お前のノートを見せてくれないか? 田原の言った内容の意味が分からん。特に、今回のテーマ。市場の開拓の部分」
さっそく振られた話題は、俺にとって都合が良いものだった。
「ああ、あそこか。あれは俺も意味が分かってねーよ。あのじいさんの講義はうんちくばっかだからな。メモを読み返してもさっぱりだ。お前のメモはどうだ?」
「聞きこぼしがないなら、メモは取れている。けど、レポートに使う価値もないなぁ」
「見せてくれ。早川の方が正確だろうからな。取りあえず、レポートにうんちくを入れておけば及第点は取れるんじゃねーの?」
「ははっ、同感。じゃあ、こっちのノートはコピーしてお前に渡すよ」
話しているだけで、早川は頭の回転が良い奴だと分かる。
これくらい物わかりがいい人間となら、つるむ分に文句もない。
高校時代の不良達は、まあ、どっちかっていうと優一に似た馬鹿ばっかだったな。あいつらの働きで、ババアの支配下を崩せたわけだけど……頭はさっぱりだったな。ほんと。
(世間一般的に言えば、仲間意識が高くて、気の良い奴らだって言えたんじゃねーかな。不愛想な俺にすら仲間意識を持っていたわけだし)
それでも、俺は実家を出た時点であいつらと縁を切っている。
不良とつるんでいたのは、母親に一矢報いるため他ならなかった。一人じゃ母親の絶対王政じゃ崩せない。それを知っていたから、おれはあいつ等に家庭事情を話して、他人の同情を利用させてもらった。
そして目的が達成したと同時に、お互いのためにも縁は切るべきだと考えた。きっとそれは正解だったに違いない。
(頭も素行も最悪だったが、身内に対する面倒見は良かった。居心地は悪くなかった……あいつらを信じることができなかったのは、俺の性格の悪さだろうなぁ)
だけど、不思議なことに後悔はしていない。他人に関心がない証拠だろう。