「あの、兄さま……」
とろり、と溶けたチーズをパンと食む。
塩気たっぷりのチーズを咀嚼しながら、俺は那智に視線を流した。
今し方、活き活きとしていた姿が萎んでいる。どこか後ろめたいような、罪悪感に駆られているような、そんな落ち込んだ姿に俺は瞬きをする。
「どうした那智。もしかして、学校のことか?」
「……今日も図書館でお勉強しようと思って」
顔色を窺ってくる那智が、ただただおかしい。
「ばかだな。兄さまはいつも言っているだろ。お前のペースで行けって。学校だけが、お前の居場所じゃねーよ」
弟は頼もしくなった。
その一方で、虐待の傷が癒えたわけでもない。
那智は中学に上がって早々登校拒否を起こしている。
理由はクラスに馴染めなかった、ではなく、生徒達に虐待の痕を見られたから。ただ見られるならまだしも、やたら校則と時間に厳しい体育の教師によって、皆の前でその体をさらけ出されたんだ。
当時、自分の体を見られたくない那智は、周囲の目を気にして着替えられずにいたらしい。
そのせいで、時間に遅れてしまい、体育の教師からこっ酷く怒られた。
それだけならまだしも、自分ひとりだけジャージを着ていた。教師に注意されても、どうしても脱げずにいた。
ここで勘の良い教師なら、この生徒に何か事情があるんだと思って、個別に呼び出すなり、事情を聴くなりするだろう。が、そいつは察しの悪い、頑固頭のクソ野郎教師だった。
集団訓練の一環だとか、皆と同じになれとか、そういう言葉を投げつけて、那智のジャージを無理やり脱がせてしまった。あろうことか生徒達の前で。
通う中学は二つの小学校が総合されている。
那智の家庭事情を知らない生徒も多い。反対に噂で家庭事情を知る生徒もいる。教師を止める生徒がいたらしいが、那智のさらけ出された肌に『気持ち悪い』と心無いことを言ってしまう生徒もいた。
俺みたいに気が強ければ良かったんだが、生憎、那智は気が弱い。虐待の痕を見られたショックと、投げられた言葉と、教師の仕打ちに混乱し、その場から逃げ出してしまった。