その時の俺は、那智のことだから、三日も続かないだろうと高を括っていた。させるだけさせてみて、だめだったら半分引き受けようと思っていたんだ。

 けど俺の認識は甘かった。
 那智は三日どころか、一ヶ月経っても、三ヶ月経っても、音を上げずに家事を続けた。それどころか、本屋で料理本や掃除に関する本を立ち読みして、より家事の腕を上げていった。

 いやあ、弟の成長を感じたぜ。まじで。
 俺の身の周りの世話を焼く姿なんて、小さな主夫だ。主夫。那智はいい主夫になりそうだ……結婚なんざ、ぜってぇ認めねーけど。

「見て見て。兄さま、こんなに育ちましたよ」

 着替えと洗顔を済ませて、折れ脚テーブルに着くと、那智が朝食と一緒にハーブが植えられたプランターを持ってきた。朝一に報告したかったんだろう。得意げにそれを見せつけてきた。

「お、ずいぶん育っているな。あー……その、ミント」

 だったよな。
 プランターを一瞥し、苦い珈琲を啜る。
 お、今日の朝食はパンと目玉焼きとベーコンか。美味そう。

「あ! また間違えた! 兄さま、これはバジルですって。ミントはあっち。全部兄さまの大学の近くにある花屋さんで買っているんですよ?」

 ぶうっと脹れる那智が、台所の窓を指さす。

「そんなこと言われても、花屋になんて寄らないしなぁ」

「毎度、おれが説明しているじゃないですか」

 おっと、こりゃまた失礼しました。兄さまはお前と違って、植物にてんで知識がないんだ。ハーブを見たところで、どれも同じ葉っぱに見えるんだって。

「これ、今度パスタを作る時に入れますね。楽しみにしておいて下さい」

「お前は本当に植物を育てることが好きだな。もっと買っていいんだぞ」

 那智が楽しいことなら、バイト代だって惜しまない。親の金もあるしな。

「じゃあ、兄さまと一緒にカモミールを育てたいです。楽しいですよ」

「……兄さまは三日で枯らす自信がある。水の分量とか、全然わかんねーんだよ」

 それに、植物は愛情とやらを注いでも応えてくれない。綺麗に花を咲かせる程度。那智は花を咲く過程が楽しいみたいだけど、餓えた俺には満足ができない。どう足掻いても枯らす未来しか見えねーや。

(まあ、那智の趣味が増えたことは良いことだな)

 二人暮らしを始めてから、弟は家事を率先してやるようになり、料理のレパートリーを増やすことに喜びを覚え、植物を育てることが大好きになった。
 ああ、それからテレビっ子で何かとテレビで見た豆知識やら、芸能人の真似をしたがる。アニメやドラマは俺以上に観ている。実家暮らしだったら到底考えられなかった幸せだ。