【1】
ぱちぱちと台所から聞こえてくる、油のはねる音。
勢いの良いそれを耳にした俺は、ゆるりと重たい瞼を持ち上げ、気だるく体を起こす。
弟が作る朝食の音は、俺の目覚まし代わり。それを聞いて、目を覚ますのが日課となっている。
ああ、もう朝が来たようだ。
まだ寝ぼけている頭を掻いて、大あくびを二つ、三つと零していると、起きた俺に気付いた那智が振り返ってくる。
「おはよう、兄さま。今、食パンを焼きますね。ジャムがいいですか? それとも目玉焼きを焼いているから、パンの上にのせます?」
俺より一時間も前に起きていたんだろう。質問を投げてくる弟の声は、朝っぱらから元気が良い。半分くらい瞼が下りている俺を笑ってくる。
「気分的にしょっぱい系がいい。那智、バターあったっけ?」
「あー切らしちゃってます。とろけるチーズはありますよ」
「んじゃ、それを頼む。珈琲はミルクだけな」
そう言って布団の上に寝転がると、「また寝ようとする!」
起きろと言わんばかりに、那智から布団を引っぺがされた。
そんなことを言われても、兄さまは眠いんだよ。まーじ眠い。夜中の三時までレポートを書いていたから、究極に眠いんだ。三時間くらいしか寝てねーんだ。もう少しだけ寝かせてくれ。
「もう。昨日、おれに『明日は一時限目から授業だから起こせ』って、兄さまが言ったんでしょ。出欠が点数に響くのどうのこうのって」
そうだった。確かに、俺はそう言った。
しっかりと昨日の約束を果たしてくれる優秀な弟は、俺を布団から追い出すと、てきぱきとそれを畳んでしまう。いつまでも布団があるから、目が覚めないのだとお小言を口にして。
うへえ、お前は俺の母親か? 口喧しい母ちゃんになっちまって。
(まあ。いいことだ。那智の奴、めっきり泣くことも少なくなったし)
実家を出て早一年。
過剰なまでに母親に怯え、すぐに自分を責めていた泣き虫毛虫だった弟は、二人暮らしを経てずいぶんと頼もしくなった。
中学に上がったこともあり、自分で考えて行動することが多くなった。
学業の傍らバイトをして、少しでも生活の足しにしようとする俺の姿を目にし、家事全般を引き受けると宣言してきた。
さすがに全部を任せるのは悪いと思って、半分こにしようと提案するも、兄の負担を減らしたいのだと、那智は大主張。その目は燃えていた。役に立ちたいと燃えていた。