雨が強くなる。
風も強くなる。
火照った体が寒気を覚え始めたけど気のせいだと思い込み、少しの間、体力の回復に努めていたおれは、ふと握り締めている携帯の存在を思い出す。
必死に逃げていたせいで、鳥井さんから奪った携帯の存在を忘れていた。
(工場に向かう前に連絡を入れなきゃ)
おれは急いで携帯の画面を触る。暗証番号を要求された。
大丈夫。暗証番号の入力は見ていた。鳥井さんは大切な人らしき人物の名前を暗証番号にしていた。語呂合わせにしていた。暗証番号は一郎の『161616』だ。
あっさりとロックが解除されると、おれは電話番号を入力した。相手はもちろん――下川治樹。
(兄さまの電話番号を覚えていて良かった。お願い、兄さま。出て)
兄さま相手なら声が出るはずだから。お願い、兄さま、兄さま!
おれは何度も兄さまに電話を掛けた。
だけどその度に惨敗。兄さまはちっとも出てくれない。きっと知らない電話番号だから、兄さまは出てくれないんだと思う。それでも諦めずに電話を掛け続けた。いつか繋がることを信じて。
冷たい雨のせいで指がかじかみ始めた、七回目の挑戦で奇跡は起きた。
『……誰だ?』
雨風が強くなっているせいで、向こうの音が聞こえづらかったけど、まごうことなき兄さまの声だった。
三日ぶりに聞いた、大好きな声に静かに涙が頬を伝っていく。
ずっとずっと聞きたかった声がここにある。それが嬉しくてたまらない。
「にぃさま」
三日ぶりに出せた声は、ちゃんと兄さまに届いた。
『那智っ、那智なのか?』
おれの名前を連呼して、本人かどうかを確認してくる。
それがまた嬉しくて、おれは涙を手の甲で拭った。何度もうんと頷いて、そうだよと返事した。
「良かった。兄さまっ、電話……やっと繋がった」
本当に良かった。
心のどこかで兄さまの声がもう聞けないんじゃないかって不安だったんだ。
鳥井さんから脅され続けたせいで、いつか殺されるかもしれない。兄さまと会えずにこの世から消えるかもしれない、と頭の片隅にあった。必死に暗い思考に陥らないようにしていたけど、実際に声が消えると心の底から安心する。
ああ、だけど、だめだめ。泣き虫毛虫になるには早い。おれはまだ助かっていない。何も解決していない。
おれは顔を横に振り、兄さまに状況を説明――――「くそ、どこいったガキ」